第45話『The Sunset Terrace』
第45話『The Sunset Terrace』
いつものように静かに授業が終わると、教壇の前には人だかりができて、涼しい教室の温度が一気に上がる。
このところの教え子たちの質問内容がますます陳腐になってきたことを懸念しながらも、今日もゴシップ記者さながらの問いかけをかわす。
ようやく静かになった教室の出口に向かいながら、上段を見上げた。
「最近、レイラのやつ、来てねぇな。まさか大学を休んでるとか?」
今日は約束がある。
その珍しい誘いに向かうため、いつものようにスポーツカーに乗り込んだ。
指定された待ち合わせは奇しくも高台のレストラン。
緑溢れるガーデンが広がり、夜になるとその夜景の美しさで、カップルにも人気のレストラン『THE SUNSET TERRACE』
車を停めると、店の前に若者が何人か並んでいるのが見える。
大学の教え子が居やしないかと俯きかげんで店内に入ると、支配人が飛んできた。
「オーナー、混んできたので奥の個室をご用意しています」
「サンキュー。で? もう来てる?」
「いえ、まだお越しになっていません」
「そっか。じゃあ、見えたらよろしく」
そう言って健斗は、すたすたと奥の小部屋に向かう。
普段のランチタイムには解放していない部屋だったが、このところSNSの影響で客が増えた為、ここを使うこともしばしばあった。
桜の時期に観光ガイドの取材を受けたとたん、客が一気に増えた。
四季を感じられる、この店のロケーションが評判らしい。
有名店になったからこそ、今日の待ち合わせの人物もこの店を指定したに違いない。
オーナーが誰かも知らずに……
ノックと共にドアが開いた。
「お連れ様がお見えになりました」
「ああ」
『ファビュラス』の相澤由夏が、にこやかに店に入ってくる。
「お待たせ! 藤田セ・ン・セ・イ!」
「由夏さん。センセイはやめてくれよ!」
「あはは。ねぇこのお店、流行ってるのね! お客さん、外にも並んでたわ。こんな素敵な個室でゆったりさせてもらうなんて、なんだか申し訳ないくらい」
「まぁそう言わず。注文は?」
「もう店員さんに言ってきた。それより、今日も……絵になるわね」
「ん? 何が?」
健斗はカップを置いた。
「緑溢れるガーデンをバックに、長い足を組んだ紳士が悠々とカップを持ち上げてる姿が」
由夏は肩をすくめる健斗の向かいの席に座る。
「早いのね? 私も待ち合わせ時間よりは結構早く来たつもりだったのに?」
「ああ、今日は近くにいたもんで」
「そうね、帝央大学からだったら車で五分ほどだし。じゃあもう講義は終わったの?」
「ああ。午前中で授業が終わったからね」
「そう」
由夏の注文したグァバジュースが届く。
「ここのフレッシュジュースって人気なんだってね?」
由夏が早速ストローに口をつけた。
「ホント美味しい! あとでケーキも頼もう!」
健斗が笑う。
「由夏さんも甘いものが好きなんだな? 意外だ」
「あーっ!〝酒豪だから甘いものなんて食べなさそう〟って言いたいんでしょ! 偏見よね」
「あはは。まぁ、酒豪なのは確かだろ?」
「まぁね。そんじょそこらのオトコには負けないわ」
健斗が肩をすくめた。
「ねぇセンセイ、由夏さん〝も〟って……それ、かれんのことを言ってるの?」
健斗の片眉が上がった。
「え? あ、ああ、やっぱり親友同士だから、よく似てるなぁと……思って」
「そう」
にこやかに頷いた由夏は、まるで品定めでもするかのように、上から下まで健斗を観察する。
「なっ、なんだよ」
「ふーん……教壇に立つときはイタリアントラッドなのかと思ったてら、そういったシャツをタックアウトしたラフスタイルの時もあるのね?」
健斗は自分の白いシャツに目をおとす。
「大学は教授の服装については、基本、自由だから」
「そうなのね。あ、そうだ、ここの駐車場に停めてあるすごく素敵な外車はセンセイの?」
「あ、まあ」
「やっぱり! あなたのアパートのポストにグリーティングカードを入れに行ったときに停まってた気がして……やっぱりあなたの車だったのね。大学准教授で、高級外車を乗りまわしてて、何よりこの私が目をつけるほどのビジュアルの持ち主なんて、そうそう居ないわよ! どんだけ高いスペックの持ち主なんだか?! 教えてほしいわね。どうやったらそんなステイタスが手に入れられるの?」
健斗は口角を歪めて首をひねる。
「由夏さん、もう飲んでる? なんか質問攻めなんだけど?」
「質問攻め?! いえいえ。それがね、まだあるのよ質問が」
由夏は両ひじをついてグッと健斗に近付く。
「実はね、つい数日前に、私、ここに来たのよ。商談で」
「えっ商談?! へ、へぇ……そうなんだ?」
健斗は表情をこわばらせる。
「ここはロケーションも最高だし、特にF1層にも人気のお店だから、『ファビュラス』のアンテナである私がキャッチしたってワケ。このお店、春に観光ガイドにも載って人気もうなぎ登りだし、季節毎のイベントを定期的に行う企画を打診してみたの。どう? センセイ。ここでのイベントにあなたにも出演してもらいたいって言ったら、どうする?」
「そっ、それは……ちょっと……」
由夏が笑いだす。
「スペックが高くても、人の良さが出てるのよね」
「え?」
「ウソがヘタってこと! ごめんなさいね。私の方こそ、人が悪いわよね?」
由夏の言葉に、首をかしげながら、健斗は背もたれから体を起こした。
「それは……どういう……」
「ふふ。この素敵なお店、あなたがオーナーだったのね? ああ、言っておきますけど、ここの支配人は口が固いから、私に口を割ったりしなかったわよ」
健斗は大きく溜め息をついた。
「じゃあ?」
「登記簿を見たの。その時は同姓同名かとも思ったんだけど……実はね、他のルートから偶然知っちゃったの、あなたの秘密を」
「え……」
「今度、大きなパーティーの主役になる予定は、ないかしら?」
健斗が空を仰ぎながら椅子にもたれた。
「由夏さん、何を……」
「センセイ、今日は腹を割って話しましょ。レイラちゃんには一時間後に来てもらうことになってる。それから、かれんはまだこの事を知らないわ」
「なるほど……」
「ごめんなさいね、騙し討ちみたいなことして」
「いいや、かまわないよ」
由夏はお互い再注文した飲み物が揃うのを待ってから、話を始めた。
「ファビュラスへの仕事のオファーってね、個人的に営業で取って来る場合以外は、本来かれんのところに来る事になってるんだけど、今回はなぜか私のところにオファーが来たの。この前あなたも出てくれた『Boarding ROX』のショーに、その会社の担当者がお忍びで来るって言っていてね。不可解だった。でもショーが終わったあとに担当者から詳細を聞いて驚いたわ」
健斗は静かに聞いていた。
「クライアントは『JFMホールディングス』、依頼内容は、高原のレストランでの少人数VIPを集めたCEOのお披露目会。そして主役は、藤田会長の一人息子の健斗さん。ここまでで、何か訂正は?」
「ない」
「じゃあ間違いないのね? あなたが『JFMホールディングス』の次期CEOだってことは」
健斗は幾分表情を固くしたまま頷いた。
第45話『The Sunset Terrace』- 終 -