表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/84

第45話『The Sunset Terrace』

第45話『The Sunset Terrace』


いつものように静かに授業が終わると、教壇の前には人だかりができて、涼しい教室の温度が一気に上がる。

このところの教え子たちの質問内容がますます陳腐(ちんぷ)になってきたことを懸念(けねん)しながらも、今日もゴシップ記者さながらの問いかけをかわす。


ようやく静かになった教室の出口に向かいながら、上段を見上げた。


「最近、レイラのやつ、来てねぇな。まさか大学を休んでるとか?」


今日は約束がある。

その珍しい誘いに向かうため、いつものようにスポーツカーに乗り込んだ。

指定された待ち合わせは()しくも高台のレストラン。

緑溢れるガーデンが広がり、夜になるとその夜景の美しさで、カップルにも人気のレストラン『THE() SUNSET(サンセット) TERRACE(テラス)

車を停めると、店の前に若者が何人か並んでいるのが見える。

大学の教え子が居やしないかと(うつむ)きかげんで店内に入ると、支配人が飛んできた。


「オーナー、混んできたので奥の個室をご用意しています」


「サンキュー。で? もう来てる?」


「いえ、まだお越しになっていません」


「そっか。じゃあ、見えたらよろしく」


そう言って健斗は、すたすたと奥の小部屋に向かう。

普段のランチタイムには解放していない部屋だったが、このところSNSの影響で客が増えた為、ここを使うこともしばしばあった。

桜の時期に観光ガイドの取材を受けたとたん、客が一気に増えた。

四季を感じられる、この店のロケーションが評判らしい。

有名店になったからこそ、今日の待ち合わせの人物もこの店を指定したに違いない。

オーナーが誰かも知らずに……


ノックと共にドアが開いた。

「お連れ様がお見えになりました」


「ああ」


『ファビュラス』の相澤由夏が、にこやかに店に入ってくる。


「お待たせ! 藤田セ・ン・セ・イ!」


「由夏さん。センセイはやめてくれよ!」


「あはは。ねぇこのお店、流行ってるのね! お客さん、外にも並んでたわ。こんな素敵な個室でゆったりさせてもらうなんて、なんだか申し訳ないくらい」


「まぁそう言わず。注文は?」


「もう店員さんに言ってきた。それより、今日も……絵になるわね」


「ん? 何が?」

健斗はカップを置いた。


「緑溢れるガーデンをバックに、長い足を組んだ紳士が悠々とカップを持ち上げてる姿が」


由夏は肩をすくめる健斗の向かいの席に座る。


「早いのね? 私も待ち合わせ時間よりは結構早く来たつもりだったのに?」


「ああ、今日は近くにいたもんで」


「そうね、帝央大学からだったら車で五分ほどだし。じゃあもう講義は終わったの?」


「ああ。午前中で授業が終わったからね」


「そう」


由夏の注文したグァバジュースが届く。

「ここのフレッシュジュースって人気なんだってね?」

由夏が早速ストローに口をつけた。


「ホント美味しい! あとでケーキも頼もう!」


健斗が笑う。

「由夏さんも甘いものが好きなんだな? 意外だ」


「あーっ!〝酒豪だから甘いものなんて食べなさそう〟って言いたいんでしょ! 偏見よね」


「あはは。まぁ、酒豪なのは確かだろ?」


「まぁね。そんじょそこらのオトコには負けないわ」


健斗が肩をすくめた。


「ねぇセンセイ、由夏さん〝も〟って……それ、かれんのことを言ってるの?」


健斗の片眉が上がった。

「え? あ、ああ、やっぱり親友同士だから、よく似てるなぁと……思って」


「そう」


にこやかに(うなづ)いた由夏は、まるで品定めでもするかのように、上から下まで健斗を観察する。


「なっ、なんだよ」


「ふーん……教壇に立つときはイタリアントラッドなのかと思ったてら、そういったシャツをタックアウト(すそ出し)したラフスタイルの時もあるのね?」


健斗は自分の白いシャツに目をおとす。

「大学は教授の服装については、基本、自由だから」


「そうなのね。あ、そうだ、ここの駐車場に停めてあるすごく素敵な外車はセンセイの?」


「あ、まあ」


「やっぱり! あなたのアパートのポストにグリーティングカードを入れに行ったときに停まってた気がして……やっぱりあなたの車だったのね。大学准教授で、高級外車を乗りまわしてて、何よりこの私が目をつけるほどのビジュアルの持ち主なんて、そうそう居ないわよ! どんだけ高いスペックの持ち主なんだか?! 教えてほしいわね。どうやったらそんなステイタスが手に入れられるの?」


健斗は口角を歪めて首をひねる。

「由夏さん、もう飲んでる? なんか質問攻めなんだけど?」


「質問攻め?! いえいえ。それがね、まだあるのよ質問が」

由夏は両ひじをついてグッと健斗に近付く。


「実はね、つい数日前に、私、ここに来たのよ。商談で」


「えっ商談?! へ、へぇ……そうなんだ?」

健斗は表情をこわばらせる。


「ここはロケーションも最高だし、特にF1層にも(20代30代女性)人気のお店だから、『ファビュラス』のアンテナである私がキャッチしたってワケ。このお店、春に観光ガイドにも載って人気(にんき)もうなぎ登りだし、季節毎のイベントを定期的に行う企画を打診してみたの。どう? センセイ。ここでのイベントにあなたにも出演してもらいたいって言ったら、どうする?」


「そっ、それは……ちょっと……」


由夏が笑いだす。

「スペックが高くても、人の良さが出てるのよね」


「え?」


「ウソがヘタってこと! ごめんなさいね。私の方こそ、人が悪いわよね?」


由夏の言葉に、首をかしげながら、健斗は背もたれから体を起こした。


「それは……どういう……」


「ふふ。この素敵なお店、あなたがオーナーだったのね? ああ、言っておきますけど、ここの支配人は口が固いから、私に口を割ったりしなかったわよ」


健斗は大きく溜め息をついた。

「じゃあ?」


「登記簿を見たの。その時は同姓同名かとも思ったんだけど……実はね、他のルートから偶然知っちゃったの、あなたの秘密を」


「え……」


「今度、大きなパーティーの主役になる予定は、ないかしら?」


健斗が(くう)を仰ぎながら椅子にもたれた。

「由夏さん、何を……」


「センセイ、今日は腹を割って話しましょ。レイラちゃんには一時間後に来てもらうことになってる。それから、かれんはまだこの事を知らないわ」


「なるほど……」


「ごめんなさいね、騙し討ちみたいなことして」


「いいや、かまわないよ」


由夏はお互い再注文した飲み物が揃うのを待ってから、話を始めた。


「ファビュラスへの仕事のオファーってね、個人的に営業で取って来る場合以外は、本来かれんのところに来る事になってるんだけど、今回はなぜか私のところにオファーが来たの。この前あなたも出てくれた『Boarding ROX』のショーに、その会社の担当者がお忍びで来るって言っていてね。不可解だった。でもショーが終わったあとに担当者から詳細を聞いて驚いたわ」


健斗は静かに聞いていた。


「クライアントは『JFMホールディングス』、依頼内容は、高原のレストランでの少人数VIPを集めたCEOのお披露目会。そして主役は、藤田会長の一人息子の健斗さん。ここまでで、何か訂正は?」


「ない」


「じゃあ間違いないのね? あなたが『JFMホールディングス』の次期CEOだってことは」


健斗は幾分表情を固くしたまま頷いた。




第45話『The Sunset Terrace』- 終 -

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ