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第40話『After The Show』

第40話『After The Show』


ここビーチリゾートでの大規模なサーフイベントが終演をむかえ、機材撤収の指示を終えたかれんは、ホテルのオーナーへの挨拶を済ませてから、遅い夕食をとった。

ブッフェを後にして、がらんとしたロビーでエレベーターが来るのを一人待つ。

扉が開くと、中にレイラと健斗が乗っていた。


「あ……レイラちゃん!」


レイラは手に持ったバッグを放り出すように健斗に押し付けると、エレベーターから下りて来て、かれんの手を取る。


「どこに行ってたんですか! 会場にも見に行ったのに見つからないから……探しちゃいました」


「ごめんね! レイラちゃん、これから東京に戻るのよね? 玄関まで送るわ」


レイラはちょっと()ねたような顔を見せる。

「今夜話せなかった分、今度またゆっくり時間作ってくださいね!」


「ええ、必ず!」


「やったぁ!」

パッと顔を明るくしたレイラは後ろを振り向く。


「ねぇ健ちゃん、またあのJazz Barに行きたい!」


荷物係のごとくスーツケースを転がしながらエレベーターからついてきた健斗が、ふてぶてしい表情で鼻を鳴らす。


「あのなぁ! お前のせいであの店に行きにくくなったんだぞ! この酔っぱらいが! どれだけ恥かいたと思ってんだ! それに……そんな俺を見捨てて帰っちまうヤツもいるし!」

健斗はかれんを睨んだ。


女子二人が同時に吹き出した。


「あはは! じゃあレイラちゃん、今度は私たち二人でイタリアンランチでもどう?」


「そうですね、ガミガミ言う人がいない、ガーリーなお店で!」


「それいい!」


また健斗が憤然とする。

「なにが〝それいい〟だ!」


レイラが(なだ)めるように健斗の肩に手をかけた。

「もう! 健ちゃんったら、そんなに誘ってほしいなら、そう素直に言えばいいのに!」


そのレイラの言葉に、健斗が荷物を押す手を止めて抗議する。

「はぁ、いらねぇし! お断りだ!」


「あっははは」

二人は大笑いしながら広いロビーを横切る。

レイラはかれんに身を寄せるように腕を絡めて歩いた。


「じゃあ、気を付けて帰ってね」


「かれんさん、約束ね!」


荷物と共に、押し込まれるように車に乗せられたレイラは、窓を開けて見えなくなるまで手を振っていた。


「ホントに可愛い子よね。あんなに綺麗なのに。少女のように純粋で」


健斗が肩をすくめる。

「アイツのこと、そんなふうに思ってんだ?」


「ええ。私、姉妹(きょうだい)がいないから分からないけど、もし妹がいたらこんな風に可愛く思うんだろうなぁって」


「ふーん」


健斗に向かって〝あなたはどうなの?〟と聞きそうになって、言葉を飲み込む。

あのJazz Barでの二人のシーンが、頭のすみに残っている。

美しいレイラの隣で、優しい笑みをたたえて見下ろす健斗の表情を見たとき、それがステージ上の演出だとわかっていても衝撃的だった。

ステージを下りても、酔って健斗に向ける高揚したレイラの頬の赤みは、恋心そのものだと思った。

そんな健気(けなげ)なレイラと彼は、誰が見てもお似合いだと思うだろう。

かれんは、胸の奥にほんの少し引っ掛かる〝なにか〟をやり過ごす。


一気に静かになった人気(ひとけ)のないロビーを引き返し、二人はなんとなくエレベーターホールに戻る。


二人でエレベーターに乗り込むと、かれんが切り出した。


「……とにかく、お疲れ様。今回もこの仕事を引き受けてくれて助かったわ」


健斗はポケットに手を突っ込んで、フロアナンバーを見つめたまま(つぶや)く。

「役に立ってるならいいけどな。ま、いつまでレイラに付き合ってやれるか……」


「え?」


「いや」


エレベーターを下りると、健斗とかれんは逆方向に進む。


「じゃあね」


「あれ? なんでそっち? 確かお前の部屋って、俺の部屋の角を曲がったところじゃなかったっけ?」


「ああ、今から由夏と葉月の部屋で〝反省会〟なのよ」


その言葉に健斗は笑いだした。

「反省会だって?! あの二人なら、たんまりと酒持ち込んでるはずだぞ! ちゃんと反省できんのか?」


「あはは。確かに」


「なら〝打ち上げ〟って言うんじゃねぇか? まぁ、せいぜい楽しんで。あ、間違えても俺を呼ぶなよ! 俺は論文で手一杯だ。今からほぼ徹夜で書かなきゃならない」


「了解。忙しいのね? なら、どうしてレイラちゃんと一緒に帰らなかったの?」


「あ……まぁ、環境を変えると筆が進むみたいだから、このままここで書こうって思ってな」


「へぇ、そういうもんなんだ? 邪魔はしないわ。お疲れ様」


「お疲れさん」

そう言ってくるりと背を向けて、ふらふらと手を振ったまま廊下を歩いていく健斗の背中を見送った。



   あの姿はかわってないのね



そう思いながらも、関係性は大きく変わった気がする。



   いつから?



そんな考えがよぎったが、かれんはまたそれもすぐにかき消した。




葉月の部屋をノックする。

「お待たせ」


「お疲れ、かれん!」

葉月がいつものにこやかな表情で出迎えてくれる。


「ちょっと! 今の今まで仕事してたの?」

奥から由夏が上目使いで視線を向けた。

待ちわびたようにテーブルには既にグラスがセットされていた。


「かれんは頑張りすぎなのよ! 仕事が残ってたんなら私たちに振りなさいよ」


かれんは微笑みながら首を振る。

「大丈夫よ、オーナーへのご挨拶もサッと済んだし。そうそう、レイラちゃん、さっき東京に帰ったんだけど、たまたまエレベーターで会えたから、お見送りしてたのよ」


「そうなんだ! ねぇ、レイラちゃんってさ、ホントにかれんのこと好きだよね?」


「私も好きよ。あんなに綺麗なのに、気さくで可愛らしい一面もあるなんて、サイコーよね?」


「うん。あの子(レイラ)はまだまだ売れるわよ!」


「わ、出ました! これぞ〝ファビュラスの相澤由夏のお眼鏡〟ってやつよね?!」


葉月の言葉に由夏は気を良くする。

「そう! 私の目に狂いはない!」


「じゃあ、藤田センセイも?!」


「もちろん! すでに連戦連勝じゃない? なんせケイコ先生のお気に入りだもん」


「リハーサルでは絞られてたけどね」

かれんは健斗の顔を思い出して笑いだす。


「それだけ熱が入ってるってことよ。この前さ、モデル選考の時に〝藤田健斗さんの『アー写(宣材写真)』が入ってないわよ〟って、ケイコ先生から指摘されたのよ! プロダクションに所属してないって言ったら驚いてたわ」


「ふーん」


「なによ! そのあっさりとした反応は?」


葉月も首をかしげる。

「かれんはさ、藤田センセイの事となるとペースダウンするよね? どうして?」


「別に……」


横目でかれんをうかがいながら、由夏がパンと手を打った。

「ま、いいじゃない! さぁ! 今夜はこのまま酔いつぶれたっていいんだから、パアッと飲みましょう!」


かれんが笑いながら抗議する。

「おかしいわね、〝反省会〟じゃなかったっけ?」


由夏は白々しく眉を上げる。

「え? そんなこと言ったかな? 反省することもないんだから、〝打ち上げ〟でいいんじゃない?」


かれんの脳裏に、さっき健斗が見せた皮肉な顔が浮かぶ。

「そ、そうね。イベントは大盛況だったわけだし」


葉月が待ってましたとばかりに、音を立ててシャンパンを開けた。


「じゃあ、早速カンパイしよう!」


三人のグラスがゴールドに(きら)めいた。



第40話『After The Show』- 終 -

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