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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第39話『サーフイベント:ビーチリゾート』

第39話『サーフイベント当日:ビーチリゾート』


モーニングブッフェに続々とスタッフが現れる。

大きな窓から燦々と射す朝日を背に、かれんはいつものようにハツラツと挨拶をして、一日を始める。


「おはようございます。今日はこの後、映像との兼ね合いをはかるリハーサルがあるので、少し時間を取りました。海外でも有名なクリエイター『鴻上(こうがみ)徹也』氏によるプロジェクションマッピング、完成形を一足お先に観て頂きます。ゆっくりお食事して頂きたいのはやまやまなんですけれども、少し早めに切り上げて、是非会場にいらして下さい。絶対に損はさせません! これからご来場下さるゲストがこれを見てどんな顔をされるのだろうと想像するだけで、士気が上がること間違いなしです! 実際、私がそうなんです! 本日も私たちの手で素敵に演出しましょう! それでは皆様、どうぞよろしくお願いします」


かれんは手短に食事を済ませると、一人ホールをあとにする。

建物の外に出てたかれんは、ゲストが入ってくるのをイメージするかのごとく、玄関ホールからエントランスにかけてゆっくり歩き、動線を確認する。

毎回イベントの度に、かれんはこれを何度も繰り返してチェックする。

配布物の際の立ち位置やタイミングを誘導員達に指示して、装飾品の点検もする。


「このディスプレイ、色目が少し寂しいわ。暖色を足して少し南国風にしましょう」


〝ドアをくぐった瞬間に、そのイベントの良し悪しは決まる。第一歩から、ときめく空間作りを!〟


それがかれんのモットーだった。

細かい変更を指示しながら、再度ゲストの気ちになって会場に足を踏み入れてみる。



   まばゆい空間!

   そう! このときめく感じ!



この感覚を(もっ)て、かれんのスタートルーティンが終わる。



今回の主催は老舗サーフブランド『Boarding(ボーディング)ROX(ロクス)

多くのプロサーファーを手掛けるスポンサーでもあり、多くのアマチュアの憧れのブランドでもあった。

関連のサーフショップも集められた大規模なショーイベントとなる。

ゲストは純粋にファッションショーだけを見に来るのではなく、プロサーファー達のファンもたくさん来る。

会場内には海を模した特設ステージが組まれ、今や世界的有名映像クリエイターとなったアーティストの『鴻上徹也』氏を介して特殊な演出を彼のプロデュースで実現することになっている。

日本でも初のこのイベントはマスコミも注目し、今日は多くの報道陣が詰めかける予定となっていた。

会場を混乱させないためにも、動線と観客席の配置を考えながら、ゲストになりきって座ってみる。


ふと、昨夜由夏から聞かされたことを思い出す。

かれんにとって一番の理解者である実の父が、自分ではなく親友に、しかも秘密裏にオファーを持ちかけるなど想像も出来ないことだった。

正直、ショックを隠せない。

由夏に(なだ)められていなければ、父に直接電話して問い詰めてしまったかもしれないと思った。

そして今日ゲストに混じってその関係者も来場することに少し不安を抱いた。



   ダメダメ、余計なことを考えてる暇はないわ。

   今日一日をベストな状態でゲストに届けるまでよ!



スタッフの始動と時間差でモデルたちのリハーサルも始まり、ランウェイ の上ではウォーキング指導のケイコ先生によるアイテムに合わせての足さばきの指導や、男性モデルと絡む位置決めなどの細かい指示がなされている。



   ふふ。ケイコ先生も

   今日は一層熱が入ってるわね



ランウェイの向こうから一際目立つ二人が歩いてきた。

レイラと健斗だった。

美しいレイラの横には、いつも憎まれ口を叩いているのとは別人の藤田健斗がいる。



   いつのまにか……

   すっかりモデルらしくなっちゃって……



かれんがそう思いながら席について見ていると、ケイコ先生が大きな声で健斗に(カツ)を投げた。


「主役は彼女のウェアなの。あなたの役目は、その彼女をエスコートすること。あなた、意外と女の子に慣れてないわね?」


その言葉に思わずかれんは吹き出した。

目が合う。

健斗がかれんをギロッと睨んだ。


「それがモデルの顔?! もっとキリッとなさい! そう、余裕の笑みを浮かべる! 違うわ! にやっと笑わないの!」


かれんは口を押さえながらまた噴き出した。

今度はさすがに睨んではこない。

今のうちに思う存分笑ってやろうと思い、二人のステージを見ていた。

健斗の隣のレイラと目が合う。

花のようにふわっと笑うレイラは本当に美しかった。

レイラはその細い顎をすうっと健斗の方に向けて、彼の頬に寄せる。

まるで本当のカップルみたいで、周囲からはため息がこぼれた。


かれんの心に、少し妙な気持ちが流れた。

昨日のレイラが健斗の部屋に入る瞬間の顔がふとよぎる。



   あの時、目が合ったような気がしけど……

   いや、今思えば、あのとき彼女はまっすぐ

   部屋の中の人物を見つめていたはず。気にしすぎよね……

   あ! しまった!

   ちょっと長居しすぎたかな。

   映像チェックに向かわなきゃ。



そっと腰を上げならも、早足でステージを後にした。



観客で場内に活気が溢れてきた頃、ショーがスタートした。

迫力ある音と映像で会場内の人々を魅了する。

華やかな雰囲気の中、メインのファッションショーが始まり、ゲストも報道陣も翻弄された。

そして思惑通り、会場は見事なまでに一体感を帯てフィナーレを迎えた。


スポンサーからも高い評価を受け、今回のイベントも大成功となった。

すべてのゲストを送り出し、がらんとした会場の一ヶ所にスタッフを集めて、かれんはまたマイクを握る。


「ショーは無事に終了しました。皆様のお陰です。スタッフの皆さん、演者の皆さん、お疲れ様でした。美味しいお食事を用意しましたが、ごめんなさい、機材の積込の兼ね合いでバラし(撤収)が今夜中になるので、各担当のスタッフの皆さんも極力お手伝いをよろしくお願いします。そのあとは各自、お(くつろ)ぎ下さいね」


そう言ってかれん自身も力仕事に挑んむ。

椅子を運んでいると、レイラがやってきた。


「私も手伝います」


「なに言ってるの! ダメダメ、レイラちゃんはモデルなんだからお手伝いは結構よ。向こうでスイーツでも食べて待ってて」


「そんな……大丈夫ですよ。意外と力あるんだから」


「いいのいいの」


「じゃあ俺も向こうでスイーツ食ってていいのかな?」


その声に、かれんは振り返って腕組みをする。

「そこのあなた。この椅子とその列全部、奥に運んで」


「この扱いの差は何だ? 俺だって一応はモデルだ」


「はい、じゃあそれが終わったら次はこのテーブルもお願いします」


「全然聞いてねーし」


レイラが横で笑っている。


「レイラちゃん、今日帰るってホントなの?」


「ええ、明日東京でショーがあって」


「残念ね、今夜はゆっくり話せると思ってたのに」


「ホントに残念。かれんさんとこの前みたいに、また楽しく飲みたいなって思ったのに」


「ホント楽しかったわね。また行きましょう。あ……でもちょっとこの前は飲み過ぎだったんじゃない?」


レイラは照れたように下を向いて笑った。


「心配しちゃったわよ、今後は気を付けて! レイラちゃんは今や売れっ子なんだからね。とにかく! 今は静かに座っててもらうわよ!」


「はい、ありがとうございます」


レイラの背中を見送ってから、かれんは大きな椅子を二つ持ち上げる。

思ったより重くて引きずっていると、健斗が手を差し伸べた。


「ったく、お前は怪力か? 二つもいっぺんに持たなくてもいいだろうが! そんな細いヒール履いて、また前みたいに捻挫するぞ」


「今日は誰も私を突き飛ばさないから捻挫なんか、し・ま・せ・ん!」


「チッ! なんてヤツだ。またヒールがポキッと折れるんじゃねぇか? それを直してくれる優しい天海(あまみ)先生は、この島にはいねぇぞ!」


「もう! うるさいなぁ!」

かれんは椅子を置くと、プイと別のコーナーに向かった。



「ねえ健ちゃん」

レイラが健斗のすぐ後ろで声をかけた。


「今の話なんだけど……かれんさんが捻挫したのって……」


「あ……アイツ足、(くじ)いて病院行ってさ」


「病院に? 健ちゃんが付き添いで?」


「いや、病院の先生もたまたま居合わせて……まぁ、話せば長いんだけど」


「全然話が見えないわ。けど……二人で会ってたわけじゃ……ないんだ?」


「ん?」


「ううん、なんでもない」


「とにかくレイラ、お前はあっちに座ってろよ。お前が動くとみんなが気を(つか)う。今夜はここに泊まらないんだろ?」


「うん、東京に帰る」


「だったらさっさと(メシ)食って、部屋で荷物まとめとけよ。空港まではどうするんだ?」


「マネージャーとタクシーで。それより、なんで健ちゃんは帰らないの? 論文、忙しいはずじゃ?」


「ああ、なんかこの環境で書き上げた方が(はかど)る気がしてな。今夜中に仕上げるつもりだ」


「そうなんだ」


「次に会うのは帝大(大学)だな。荷物大変なのか? 運ぶなら手伝ってやるぞ」


「ホント? ラッキー! じゃあ先に上がってるね。部屋に来て」



第39話『サーフイベント:ビーチリゾート』- 終 -

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