第38話『イベント前夜』
第38話『イベント前夜』
食事を終えて、由夏の部屋に呼ばれていたかれんは彼女の部屋の前に来た。
ドアをノックする。
「あ、来た来た。入って」
由香が待ってましたとばかりにかれんを招き入れる。
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
「いいの、しっかり食べてきなさいよ! 出演者じゃないから『食べ過ぎブタ』になっても大丈夫!」
「もう、由夏ったら!」
二人は資料とタブレットを机に広げて、明日の衣装と小物の確認と、演出についてのシミュレーションをした。
葉月が遅れてやってきて、今回の目玉ともなるプロジェクションマッピングの映像の完成形を見せてくれた。
「すごい! いいわね。さすが世界的映像クリエイター鴻上徹也!」
かれんも由夏も拍手を送る。
「まぁ鴻上さんの紹介でなきゃ、『Boarding ROX』みたいな大手ブランドの初イベントにウチが関われないからね。だってこの島のビーチを貸しきってイベントを打つんだもん、スケールが違うわ」
「そうね。それに、こんなハイクオリティーな映像をプロ中のプロが手掛けてくれるって、我が社も評判になってきてるしね」
「ホント、鴻上さん様様、いや、最たるは葉月様様かしらね!」
葉月は得意気な笑みを浮かべた。
「明日はきっと良い結果が出るわね」
そう言いながらかれんが資料を束ねていると、由夏が様子を窺うように小声で言った。
「あの……明日さ、次のイベントのクライアントが、わざわざこの島まで下見に来ることになってるんだけど……」
由夏の話にかれんは首をかしげる。
「え? 私、聞いてないけど」
「やっぱりそうか……実はね、次のイベントの依頼は東雲会長からなのよ」
「え? パパが?」
葉月も首をかしげる。
「かれんのお父さんってことはクライアントが東雲グループってことなの?」
由夏は首を横に振る。
「私もまだ詳しくは聞いてないけど、どうも知り合いから東雲パパが頼まれたみたい。だから会長がクライアントじゃなくて、委託されたってことになるわね」
かれんはバサッと資料の束を机に置いて、不満気な表情を見せた。
「なんで私に言わないんだろう? パパが直接由夏にって……どうして?」
「よくわからないけど、それは東雲会長の意向じゃないのよ。どうもクライアント側の要請らしくて……私も聞いたのよ、〝どうして直接かれんに言わないんですか?〟って。会長はちゃんと理由は言わなかったけど、別にかれんを外そうとしてるわけじゃなくて……なんとなくだけど、私から話をして欲しそうな……なんかそんな感じがしたから、深くは聞かずにとりあえずお受けしたの」
「なにも見えてこないわね」
葉月の言葉に同調しながら、由夏はかれんにほぼ空欄のリクエストフォームを差し出した。
「明日この会場にいらっしゃるのは、クライアントの会社の担当者らしいんだけど、実は社名すらもうかがってないの。なにか理由があって〝お忍び〟で来るらしくて。とにかく打ち合わせは明日のイベントを見てから、後日だって」
「わざわざこんな所までに来るなんて、尋常じゃないわね? まさかその会社のイベントもこのホテルで開催したいとか?」
「わからない、まだ聞いてないから。ただ……確か最初に〝小規模なVIPを集めたイベント〟って仰ってたから、今回の視察が参考になると、私は思えないんだけどね」
「確かに」
なんとなく元気がないかれんの肩を、由夏がポンと叩く。
「そのうち会長も話してくれるんじゃないかな。小規模なほど難しいからね、キャストも厳選しなきゃいけないし。ゲストの意向を聞いてないからまだ何とも言えないけど、やっぱり会長も交えて近々話をしなきゃいけないかもね」
「うん、ありがと。でも……その件は由夏に任せることにする」
「え、いいの? 話を聞かなくて」
「うん。パパも事情があってのことだろうって、由夏の話聞いてたら思ったから。だからよろしくね。とりあえず今、私は明日のことだけ考えることにする!」
「うん。それがいい!」
「じゃあ、明日!」
「おやすみ」
由夏の部屋から出て葉月と分かれ、フロアの先にある部屋に向かってフラフラ歩きだす。
静まり返った廊下の窓から見える月は、さっきと位置を変えても尚、煌々と光を放っていた。
それぞれの部屋の前には、それぞれのゲストの名前が無造作に貼ってあり、曲がり角の手前には藤田健斗と書かれたドアもあった。
ふと、砂浜でのやり取りを思い出す。
わざわざからかうために砂浜まで出てきたのではないことくらいは、わかっている。
食事もしないで出ていく自分の姿が不自然に見えたのかもしれない。
なんでわざわざ?
心配してきてくれたとか?
いやいや、ここが因縁の地だなんて、知ってるはずないし。
私が仕事でナーバスになってるナンテ、信じないだろうし。
さっき……〝仕事のせいにするな〟って、ちょっと本気っぽく怒ってたわ
どうして……わかっちゃったんだろ?
かれんは肩をすくめながら角を曲がる。
その時、うしろでドアの開く音がした。
ほどなく、ノックと共に声が聞こえる。
「健ちゃん、私」
その声はレイラのものだった。
かれんは思わず足を止めて振り向いた。
角からそっと覗く。
扉が開いて何か話しているようだったが、その声は聞き取れなかった。
そのままレイラが健斗の部屋に入る。
その寸前に彼女がチラッとこっちに視線を向けたような気がして、慌てて身を隠した。
ドアの閉まった音がバタンと響き、とたんに静寂が覆い被さってくる。
少し動揺していると自覚した。
まあ……でも従兄妹だし
年も……結構離れてるし……
それに本人が〝俺にその気はない〟って言ってたし……
っていうか……
私、何考えてるんだろう……
第38話『イベント前夜』- 終 -




