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第37話『月の光と波の音』

第37話『月の光と波の音』


大勢の関係者がワイワイとひしめく中、会場を見渡しても依然(いぜん)かれんの姿はどこにもなかった。


「また厄介なこと、引き受けちまったなぁ」


ぼやきながら表へ出てみる。


大きな月が暗い海を照らしている。

人工のものが何一つないこの場所で、月が放つ光は優しく、辺りをふんわりと包み込む。

風は穏やかで、波の音が静かに絶え間なく聞こえ、海に身体を向けると妙に心が洗われて、解放されたような気持ちになる。

傷心を抱えた彼女が喧騒から離れてここに出てきた思いも、少しは理解できるような気もした。

だんだん目が慣れてきて、砂浜に横たわった流木の上に人影を見つけた。


健斗は砂浜に向かって歩いていった。

そっと近づいて声をかける。

「でっかい月だな」


「わっ! びっくりした!」


「何してるんだ、こんなところで」


「……あなたこそ、何しに来たのよ?」


「俺か? 飯、食ったら風に当たりたくなってさ。都会じゃ見られないくらい大きな月だなぁと思って観に来たんだ」


「あ、そう……私もよ」


「ウソつけ! お前、何も食ってないだろ?」


かれんは黙りこんだ。


「ほら見ろ! ちゃんと食べて明日に備えなきゃいけないんじゃないんですか? プロデューサーさん!」


「後から食べようと思って……お腹空いてなかったから……」


「一致団結が大事なんだろ? 自分でそう言っといて、逸脱(いつだつ)してちゃあ、もともこもねぇな」


かれんはバツが悪そうに声のトーンを下げる。

「そうかもだけど……気が静まらないのよ。明日本番だからナーバスになってるのかも」


砂を蹴りながらうつむいたままのかれんに、健斗は大きく溜め息をつきながら、隣に座る。


「適当な理由をつけるなよ。なんでも〝仕事のせいだ〟って言えば、だれかれ納得するんだろうが、お前はそうじゃないだろ?」


その声のトーンに、かれんは大きな目を見開いて健斗を見上げた。


「あなたに何がわかるのよ?」


健斗は真っ直ぐ海を見つめたまま話す。

「自分が一番わかってるんじゃねぇか? 感情なんて、コントロールできない事が大半だ。それを仕事のせいだなんて誤魔化しても、それこそいい仕事なんて出来ないだろ」


「な、なによ! 何もかも悟ったみたいな言い方してさ。やっぱり教授って、上からもの言うイヤミな生き物なのね」


健斗がかれんの方を向いた。

「ああ。人の気持ちを理解するより、数学のたったひとつの答えを出す方がよっぽど楽だしな。でもそんな俺でもな、お前にとっての仕事が持つウエイトの高さは、肌で感じるんだ。なぁ、一体なにを怖がってる?」


かれんは驚いて振り向くも、その距離の近さにまた正面を向く。

「あなたこそ……なんか変よ? いつもずけずけと人の心に踏み込んでくる、失礼なオトコなのに」


健斗が横目でかれんを捉える。

「なに? 今は紳士的に見えるとか? やっぱり月あかりって人を素直にするんだな」


月の光を受け、浮かび上がるその表情は穏やかで、確かに美しく見えた。


「調子に乗らないでよ! 紳士なわけないでしょ! 無神経な行動ばかりしてくるクセに」


健斗が両ひざに肘を置いて、前屈みにふうっと息をつく。

「お前なあ……前から思ってたけど、なんで俺にはそんなに悪態つくわけ?」


かれんは視線を下げる。

「なんでだろ? でも最初に悪態ついたのはそっちでしょ!」


「は? 俺が何をした! 一体何を根にもってんだ? 自殺と間違えて突き飛ばしたことか? それともワールドコレクションか? いずれにしてもお(かど)違いだ!」


かれんは大きく溜め息をつく。

「そう言われてみれば、あなたには振り回されてばかりだわ」


「俺は誤解されやすいんだ。存在感があるから、どうしても周りを巻き込んじまう」


「なにそれ? とんだナルシスト! 重症ね」


「実力があれはナルシストとは言わないだろ」


「じゃあエゴイストね。間違いないわ! 自信満々のエゴイスト! 決まりね!」


「お前な!」


「なんでだろ? ホント、ムカつく!」


「お前も言いたい放題だろ。まさか他のオトコには上目使いでブリブリやってんじゃねえだろうな?」


「そりゃあ素敵な人の前だったら、緊張して『もじもじ』するかもよ」


「じゃあ、今ここでも『もじもじ』しろよ!」


「なんであなたの前で?!」


「とにかく!」

健斗は立ち上がった。


「な、なによ!」


「ホテルに戻るぞ。ちゃんとメシ食えよ」


「そんなこと……どうでもいいじゃない。ほっといてよ!」


「ほっとけないからこうして……」


目が合ったまま、しばし時間が止まった。


「ほ、ほっとけばいいじゃない! なんでわざわざここに?」


「お前ってさ、本当は食いしん坊だろ? コンビニに入ったらでっかいシュークリームも肉まんもビールも買うじゃねえか」


「あのね! 肉まんはあなたが買ったんでしょ!」


「そうだっけ?」


かれんはくるりと背を向けた。

「あーあ、ほんとにあなたと話してたら、色々考えちゃってたことがバカらしくなってきた。お腹がすいたかも。戻るわ」


かれんは(うつむ)きながら、ホテルに向かってスタスタと歩き出す。


「ったく……世話の焼ける」


「なんか言った?」


「いいえ、なんでもありません。社長さん」


「なによそれ!」


彼女の背中を見ながら、健斗はやれやれと空を見上げた。

月は静かに見ている。

少し笑って見せた。



ホテルに戻ると、かれんは砂をはらって、バイキングディナーに紛れる。

まだ食事中の人も大勢いて、ちょっとホッとした。


「うわっ! なんだお前!? 皿いっぱいじゃねぇか。何が〝お腹すいてない〟だよ。笑えるな」


「もう! ホントうるさい! いちいちチェックしないでよ!」


笑いながら少し離れた席についた健斗の肩を、後ろから歩いてきた由夏がポンとたたく。

「GOOD JOB!」


ちょっと苦笑いの健斗に、由夏がコーヒーを差し出した。


「かれん」

声をかけた由夏が横に座わる。


「どこ行ってたの?」


「ちょっと浜辺に」


「そう。感傷に浸ってんのかと思ったら、藤田センセといい雰囲気で帰ってきちゃってさ」


「どこがいい雰囲気なのよ! 言い合いしながら帰って来たわよ。ホントに失礼なヤツなんだから!」


「まあまあ、今やウチの大切なモデルさんなんで、お手柔らかに。ねぇ、食事終わったらさ、私の部屋で打ち合わせしない?」


「うん、わかった。その代わり、お酒はナシだけどね」


「そこは残念」


二人して笑う。


「先に部屋にあがってるから、食事が終わったら来て」


「うん、了解!」


立ち上がった由夏が健斗の方に視線を向け〝ありがとう〟と口を動かした。



第37話『月の光と波の音』- 終 -

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