第36話『因縁のビーチリゾート』
第36話『因縁のビーチリゾート』
「皆様お疲れ様です。明日、ここプライベートサンセットビーチにての初めてのイベント『BoardingROX』様主催、『ビーチサマーコレクション』が本番を迎えます。完成度の高いショーになることと思います。是非皆様のお力添えのほど、よろしくお願いいたします! それでは前夜祭と称しまして、乾杯に移ります。皆さんお手元のグラスを取って下さい。では、明日の成功を祈って、乾杯!」
かれんの乾杯の音頭で夕食が始まる。
「あ、そうそう、皆さん! お酒はそこそこにお願いしますねっ!」
マイクを握り直し、にっこり笑いながらそう言ったかれんはステージを降りると、食事に見向きもせずにそのまま表に出て行く。
「ん? アイツ、メシ食わない気か?」
健斗がグラスを置いて怪訝な表情でドアの方をに見ていると、由夏がそれを見つけて側にやって来た。
「あの子、分かりやすいわね……ちょっと心配」
「ん? 何が?」
「ああ……立ち話もなんだから」
そう言って由夏は近くの席に健斗を促す。
「今回のイベントね、初めてのクライアントで、わりと急に決まったんだけど……」
由夏が姿勢を下げて健斗に近づく。
「ここね、実はかれんと元カレとの、因縁の場所なのよ」
「は? 因縁の場所?」
「ええ。かれんにとっては苦いだけの思い出だったと思う。実はね……かれん、直前までこのイベントの会場がここだとは思ってなかったみたいなの。この仕事は葉月の担当だったから……」
「は……そりゃまた……」
由夏は健斗を見つめながら、テーブルに肘をついて更に近づく。
「先生さぁ、あの『ワーコレ』の打ち上げの時に、見てないかな? あの日、実は二次会の店にかれんの元カレが来てて……」
健斗は小さく頷く。
「ああ……来てたな」
「え? 会ったの? いつ?」
「廊下で。すれ違ったくらいだけど」
由夏は眉を上げた。
「そうなんだ? いい男だったでしょ?」
「まぁ。俺よりはちょっと劣るけどね」
「あはは、そうかもねぇ」
由夏は少し首をひねる。
「あれ? もしかしてかれんとその元カレが話してるとこも……目撃したとか?」
「ああ……まぁ」
「そうなの! どんな状況だったか気になってたのよね! 聞かせて!」
「あ……その元カレに会ったときは、アイツ、かなりたじろいでたよ。〝拒絶〟って感じだった……」
由夏はガックリと肩を落とす。
「あ……やっぱりそうだったのか……失敗しちゃったなぁ。実は私ね、元カレの方からかれんとの仲を取り持ってほしいって頼まれてたんだ。ホント、余計なことしたって、反省してる」
「そっか」
「ねぇ、その後かれんはどうしたの? 一人でトボトボ帰っていったとか?」
健斗は気まずそうにこめかみを掻く。
「いや……走って……」
「ええっ! 走って帰ったの?! そんなにヤバかった?!」
「あ……じゃなくて、走らせたのは、俺……かな?」
由夏が目を真ん丸にして健斗に顔を寄せた。
「ちょっと待って?! あなた、あの日、かれんと一緒に帰ったの?!」
「ああ……まぁ」
由夏は大袈裟に空を仰いで見せる。
「あ……ダメ、ちょっと混乱してるんだけど……」
健斗は観念したように『ワールドコレクション』の日の二次会会場『Blue Stone』でのことを話した。
由夏は薄ら笑いを浮かべながら、意味深な表情でのぞき込む。
「へぇ……立ち聞きしてたわけだ?」
「いや……違うって! 二人に道を塞がれたてから、戻るに戻れなくて……」
「ウソ! ホントはトイレにも行かずに、ずっとそこで聞いてたんじゃあ?」
「あ……」
「ヤダ、センセったら正直ね」
健斗は苦笑いした。
由夏はフッと息をついて、微笑む。
「なんだか……あなたとかれん、妙な繋がりを感じるんだけど……」
「なんでまた!」
「うまくは言えないけど、なんかかれんが心を許してるような印象を受けるの。あなたの前だと〝よそ行きの顔〟をしないって言うか。何よりさ、私がセンセには頼み事をしやすいって言うのが一番のポイントかな?」
「はぁ?! なんだよそれ!」
「だってね、この前の葉月が『RUDE Bar』で出来上がっちゃったときもそうだし、山上ブライダルフェアの後も、私はあなたにかれんを任せたでしょ? それって本能的なものなのよ。〝鼻が利く〟と業界で有名なこの私が、モデルのスカウトをするときと同じように、あなたに対してはアンテナが反応するってワケ!」
「なんか、怖えぇ」
「失礼ね! まぁいいわ。今回もあなたに頼み事をしたいの。ちょっと待っててよ」
由夏は笑いながら、近くのブッフェから飲み物とオードブルを持ってくる。
「じゃあ、概要を話すわね。食べながら聞いて。ひょっとしてかれんから、何か聞いてる?」
健斗はオーバーに首を横に振った。
「あなたが目撃したあの彼ね、学生時代から付き合ってた人なんだけど、彼は年上だったし、私たちも当時は彼のことがとても大人に見えたの。あの二人はお互いにお似合いだったし、二人の絆も感じてはいたけど、卒業して直ぐに立ち上げた『ファビュラス』のことで頭がいっぱいだったし、始動の大事な時期てもあったのね。そんな時に彼の海外赴任が決まって……まさか彼がかれんに仕事をやめさせてアメリカへ連れて行こうとするなんて、私たちだけじゃなくてかれん自身も思ってなかったから相当驚いたみたいで……自分の夢とかこれまでやって来たこととか、彼に理解されていなかったことに落胆して……そのせいでだいぶん揉めたのよ。彼は修復したくて、かれんをこのホテルに連れてきたんだけど……でも結局うまくいかなくて、逆に別れるきっかけになっちゃったってわけ」
「えっ……ここで?!」
「そう! よりにもよって、このホテルで! もう……絶句しちゃうでしょ? 私も今回この土地で開催するって聞いた時は、嫌な予感はしてたんだけど……葉月は知らなかったみたい。本人に聞いてみたら〝ビンゴ〟だって……だけどかれんったら、平然とした顔でさ。絶対に平気じゃないくせに……昔からそうやって強がりなのよ。ホント困った子なの!」
「それは何となく見てたら分かるな」
「そうでしょう? でもまあ……なんかセンセも似てるような気もするけどね?」
「俺が?」
「うん、なんとなくね」
健斗は腑に落ちない顔をしている。
「ねぇセンセ、かれんの事、お願いね。なんとなくだけど、あなたになら何か話すような気がするの」
健斗な腕を組んで首をひねる。
「そうは思えないけどなぁ……でもまあ、こういう時は喧嘩友達が必要かもな」
「そうそう! とりあえずそんな感じでよろしく!」
由夏は健斗の肩を叩いて席を離れた。
第36話『因縁のビーチリゾート』- 終 -