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第35話『束の間の空間』

第35話『束の間の空間』


『RUDE Bar』の真ん前でタクシーを降りると、波瑠は少し辺りを見回したあと、プレートをかけたままドアを開けた。

無音で真っ暗な店内の照明をつけて、かれんをカウンターに促すと、波瑠も飲み物を持ってかれんの隣に座った。

細長いトールグラスカクテルで、仕切り直しのごとく乾杯する。


「波瑠くんは話の切り盛りが上手よね? レイラちゃんの話をちゃんと聞いて、藤田健斗への牽制も完璧だったわ」


「今日は誉められ過ぎて調子がでないですよ。それより、ずっと気になっていたことがあるんてすけど……聞いてもいいですか?」


「え? なに?」


「健斗さんが言ってた〝コンビニ彼氏〟ってなんですか?」


かれんは大きく溜め息をついてうなだれる。

「ホント、余計なこと言ってくれるわよね」


かれんは持ち上げたグラスを下ろしてから、数年前にあのコンビニにいた河野(こうの)さんの話をした。


静かに聞いていた波瑠がグッと胸をつかむ。

「うっ! 切ない!」


かれんはそんな波瑠を見て微笑む。


「そうよね。私もしばらくはそんな思いだったわ。日々の忙しさと、時間がそれらを紛らせてくれたけど、それでも毎年桜の時期には思い出すの。とっても大事な思い出よ」


「かれんさんにとって、この川沿いの桜並木は特別なんですね。でも……そのわりには桜の時期に健斗さんと一緒にいる事が多かったんじゃないですか?」


「え?!」


「実はボク、何度か目撃してるんですよ。この川沿いの橋桁(はしげた)で……最初はうちのお店に来てるかれんさんだって気付かなかったんですけどね。ただ、健斗さんがあんな場所で女の人と話してるなんて、あまりにも衝撃的だったんで、驚いて」


「え、いつ?!」


「まだ桜が咲いてない時期だったから……」


「ああ、あの時ね……もしかして、なんか食べてなかった?」


「ああ……立ったまま肉まんを食べてたので、ヤバい人かと……」


かれんはがっくりと肩を落とす。

「ウソ! 見られてたなんて……恥ずかし過ぎる。ちょっと波瑠くん、言い訳させて! あれは藤田健斗が勝手にコンビニで買ってきただけなの! 私が選んだんじゃないんだから! ああ! もうやだ……小学生じゃあるまいし、肉まんを立ち食いしてるところを見られてたなんて!」


波瑠がプッと吹き出した。


「あー笑ったわね! 波瑠くん!」


「あはは! でも肉まんなら大人でもアリですよ! ボクも好きですし。しゃがみこんで駄菓子食べたりしてたわけでもないじゃないですか」


恥ずかしそうに視線をそらすかれんの肩にさりげなく触れながら、波瑠は笑顔で話しかける。


「ねぇ、かれんさんは子供の頃はどんなお菓子が好きだったんですか? ボクは近所の駄菓子屋さん毎日通ってたんです。ほら、なんか円盤形のチョコパイとか、干し柿の形したカステラとか、カレー味のあられとか、あったでしょ? 他にもアタリのついたアイスとか……」

そう言いながら覗き込んだかれんの表情が意外にも固くて、波瑠は言葉を止めた。


「え? かれんさん?」


「あ……あのね……私、実は覚えてないの」


「え? なにを?」


「小学校の低学年までの……記憶……」


その時、頭上で激しくドアチャイムが鳴った。


驚いて見上げた二人の視線の先には、細長いシルエットが仁王立ちしていた。


「このやろう……」



大きな足音で階段をかけ降りてくる。


「お前ら! 泥酔したレイラを俺に押し付けて帰るなんざぁ、許すまじ行為だ! 波瑠! 覚悟しろ」


「うわ、ヤバっ!」


波瑠はカウンターチェアから飛び降りて、厨房へ逃げ込む。


「バカめ! 袋のネズミだ! 成敗してくれよう!」


厨房から波瑠の断末魔の叫びが聞こえて、かれんは一人カウンターで笑い転げた。


健斗に襟首を捕まれた状態で姿を表した波瑠の意気消沈とした表情に、かれんはまた笑いだし、ハンカチで目尻を押さえる。


「何がそんなに面白いんだ! この酔っぱらいが!」


「あはは。だって波瑠くん、捕まったネコみたいでかわいくて……あはは」


波瑠は仏頂面で健斗の手を払うと、かれんの横にどっかと座った。


「また子供のポジションに逆戻りだ」


「なんだ? 大人のオトコを気取ってたのか? 邪魔して悪かったが、レイラを押し付けるなんて、ひどいのはお前だからな!」


かれんが話に水を差す。

「違うわよ、いい雰囲気だから遠慮しただけじゃない? ねぇ? 波瑠くん」


「そうそう!」


「ウソつけ! 波瑠、わかってて帰ったんだろ!」


「え?」


「で、レイラはどうしたんです?」


「タクシーで家に送り届けてきた。超絶めんどくさかったぞ!」


「酷い言い方ね! うちの大切なモデルに向かって、なんてこと言うのよ!」


「は? 今や俺もお宅の(ファビュラス)の大切なモデルなんじゃねぇのか?」


「女の子を大切にできない男なんてサイテーよ!」


「大切にしてるだろ? だからめんどくせぇモデルの仕事にも付き合ってやってるんだ。大学ても絡んでくるし、実兄でもないのにここまで充分面倒見てやってんだから、文句言われる筋合いはねぇよ!」


「その言い方が酷いのよ!」


「まぁまぁかれんさん、確かに酔ったレイラは大変なんで……もうこの辺で……」


健斗が時計を見上げた。

「あ、十二時になるじゃねぇか、ほら、立てよ、行くぞ!」


「え? 行くぞって……」


「帰るんだろうがぁ! なにボケッとしてるんだ! 今日は鍵持ってるんだろうな! でなきゃまたウチで……」


波瑠が首をひねる。

「ウチって?」


健斗は一瞬かれんと目を合わせるも、焦りを隠すように首の後ろに手をやって、咳払いをする。

「あ……お前のウチの前で鍵探すのに時間がかかったらめんどくせぇなって……ほら、とにかく帰るぞ!」


「えっ、あ……ちょっと!」

手首を捕まれて階段を上るかれんが、最後の最後にもう一方の手を波瑠に向かって振った。

バタンと閉まるドアを見上げながら、波瑠は大きくため息をつく。



「ちょっと! 離しなさいよ!」


「ああ……」


「ねぇ! いつもこんな風に強引なわけ?」


「何が?」


「女の扱いよ。いや……レイラちゃんが言ってたみたいに、手慣れてるのかもしれない。自信家だから物怖(ものお)じもしないし、大胆な行動もお手のものなのよね」


「なんのことだ」


かれんは少し俯いた。

「ちょっとびっくりしただけよ。あのジャズバーでの、あなたと……レイラちゃんを見て……」


「は? あいつが酔っぱらって勝手に絡んできただけだろう?! 俺に何の罪があるんだ?!」


「別に責めてるわけじゃなくて……そういう間柄なんだなって、単純に思っただけ」


「あのな! 相手は親戚だ! しかも妹みたいな存在で、俺の学校の学生だぞ! 俺が手を出すとでも思うか?」


「そんなのわかんないじゃない! レイラちゃんは……本気なんじゃないの」


「やめろ! 俺にその気はない!」


「でも……」


「この話は終わりだ! 波瑠のヤツ、まさかお前に余計なこと吹き込んでねえだろうな!」


「余計な事って?」


「大したことじゃない。あいつも俺も一人っ子で本当の兄弟みたいに育ってきたから、存在が近いだけなんだ。レイラが勘違いしてるようなことを波瑠が言ってたかもしれないが、それは一時的なもんだ」


「女の子の気持ちは、そんな単純なもんじゃないと思う」


「っていうか、さっきから俺のことばっかり攻めてくるが、お前だって波瑠とよろしくやってたんじゃねぇのか」


「そんな言い方やめてよ! そもそもあなたが言ったのよ、〝将来のある学生だぞ〟って。いかにも〝手を出すな〟みたいな嫌な言い方したんだから!」


「へぇ、じゃあなんだ、それを忠実に守って感情を抑えているとか?」


「そういう発想やめてよ!」


「じゃあ波瑠の事はとう思ってんだ? 子供としか見れないか?」


「そんなことないわよ。外で初めて会ってみて、波瑠くんは紳士的だし、本当に周りのをよく見て気遣いができる素敵な男の子だと思ったわ」


「そっか、それは良かったな! ああ! 邪魔して悪かったな。あのまま二人でいたかったか」


「ホント、あなたと話してたら、せっかく気分良く酔ってたのに興醒めするわ!」


「こっちのセリフだ!」



そうこうしているうちに、『カサブランカ(かれんの自宅)レジデンス(マンション)』の前に着いた。


「今日はご馳走様でした」


「心のこもってない礼はいらねえよ!」


「そんなことないわよ。食事も美味しかったし、あのJazz BARは、ホント最高だった」


「そっか、そりゃよかった。じゃあ……また行くか?」


「まぁ……別に行ってもいいけど」


「そっか」


「じゃあ帰るわ」


「ああ。俺も『RUDE Bar』に戻って波瑠の尋問を重ねる」


「尋問?!」


かれんが俯いたまま吹き出した。

「かわいそう波瑠くん、あんなに気を使ってるのに、先輩ってだけであなたにオモチャみたいに扱われて……」


「とか言って、お前、笑ってるじゃねえか! ひでぇのはどっちだ!」


「あはは、ごめんなさい。だって、さっきのあなたたちのやり取り、トムとジェリーみたいで、面白くて」


「はは。確かにあいつはネズミみたいにすばしっこいからな。しっかりしっぽをつかんでやる!」


「もう! 波瑠くんには優しくしてあげてよ。あんなにあなたのこと理解してくれてる後輩はいないと思うわよ」


「かもな」


「じゃあ、また」


かれんは姿勢を正してマンションエントランスをくぐり抜け、エレベーターの前に立った。

ガラス貼りのエントランスの向こう外を見ると、彼はまたそこに立って、こちらに向いて手を振っていた。

でも、以前とは違うイタリアントラディショナルに身を包んだ彼の出で立ちは、話さえしなければ素敵な紳士にも見えた。




第35話『束の間の空間』- 終 -

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