第29話『窮地からの奪還』
第29話『窮地からの奪還』
『山上ブライダルフェア』
テーマはForest&Dwarf
山上ホテルの広大な庭園を使っての、ブライダルフェアを開催した。
装飾されたガゼボを中心としたガーデンウェディングのデモンストレーションとして、豪華なブッフェとゲスト全員で行えるバルーンリリースやバブルシャワーなど、オープンエアなガーデンならではの演出を体験してもらうイベントだった。
天気にも恵まれ、有名モデルの登場ということもあり、フェアの参加者に加え、記者も数人入っていた。
小人を模したかわいい子供たちがリングボーイとフラワーガールを務め、緑溢れるガーデンを笑顔で包む。
大盛況のもと終演を迎え、明るいうちにほとんどの片付けが終わった。
「かれん、お疲れ様! この企画、大盛況だったわね」
「お疲れ、由夏。ホントね」
「また今後もシリーズ化してやれたらいいわよね?」
「そうね。オーナーに話してみるわ。そういえば由夏、このあと次の打ち合わせ入ってたんじゃなかったっけ?」
「そう。葉月も一緒に行くんだけど、かれんはどうする?」
「あ……私はまた最終チェックをして、ご挨拶してから帰るわ。さっきの提案も話してみる。モデルさん達はもう帰った?」
「うん下山したよ」
「分かった。じゃあ後は任せて。そっち、頑張ってね! よろしく」
「うん。じゃあ、お疲れ!」
かれんは控え室を片付けてから、ホテルのロビーに降りた。
「支配人! お疲れさまでした」
「三崎さん、今日は本当に良いパーティーになりましたね。さすが『ファビュラス』さんだと、スタッフも感動しておりました。ありがとうございました」
「こちらこそ! この素敵なロケーションのおかげですよ。よろしければ、今後もシーズンごとにテーマを変えたガーデンウェディングのプランをご提供出来たらいいなって、さっきもスタッフと話していたんですが、ご検討頂けませんか?」
「おお、それは素晴らしい! イベントに関しては、支配人の私が一任されていますので、是非お願いしたいところです」
「そうでしたか! ではまた近々、次のシーズンのプランをお持ちしますね。今回はオーナーにお会い出来ませんでしたが、どうぞよろしくお伝え下さい」
かれんは支配人に頭を下げた。
顔を上げると支配人の後ろに、不適な笑みを浮かべた男性が立っていた。
「君、今日のイベントの人?」
「ああ……社長、おいででしたか。三崎さん、ここのオーナーのご子息で、社長の……」
「三木悠馬です」
彼は支配人に、手を払うようにして退散を指示した。
「あ、では私はこれで。三崎さん、失礼いたします」
支配人が幾分引きつった表情で立ち去る。
かれんは改めて挨拶をして、名刺を渡した。
「ふーん。三崎さんかぁ。今日は三崎さんが素敵な演出してくれたんで、今後のオファーはじゃんじゃん入るんじゃね? 親父にも言っとくよ。ねえ、三崎さん、実は庭園の奥にもっといいスポットがあるんだ。ブライダル用に使えると思う。次回のフェアに役立つんじゃないかな? 見てみるでしょ? 案内するよ」
森の中をオーナーについて歩いていく。
「あの……どこに?」
「そうだなあ、この辺でいいかな」
「え?」
「三崎さんって、彼氏いる?」
「どうしてそんな質問を?」
「三崎さん、かわいいよね? モデルやったらいいのに。今日のドレスだって、君が着ても似合うと思うけど」
そう言って距離をつめてくる。
「え? どういうことですか?」
「ブライダルのプロデュースやってるわりには疎いよなぁ。君のこと、タイプなんだよね。まぁ、こういうやり方はどうかって確かに思うけどさ、それもまた出会いじゃん!」
ニヤけた表情で、ジリジリとかれんに近づいて来る。
「な、なんですか?! やめてください!」
後ずさりするかれんは、背中を大きな木にぶつけた。
「はい、そこまで! 観念しろよな」
三木はかれんを両腕で囲んだ。
体を寄せてを身動きを奪うと、抵抗しようとするかれんの両方手首を掴んで木の上の方に押し付ける。
「やめてください! お願い……」
顔を背けるかれんの首筋に唇を這わそうとした時、三木の背後から声がした。
「おい! お前……何やってる! その手を離せ!」
聞き覚えのある声に、かれんはハッと顔を上げた。
声に反応した三木がかれんから体を離し、吊り上げられた手が解かれたかれんは、その場にへたり込む。
「あ? 誰かと思ったら、今日のモデルじゃないか。なんだ? つけてきたのかよ。もしかして、お前もこの女、狙ってんの?」
「いい加減にしろ! こんなこと許されると思ってんのか!」
「こういうのがたまんねぇんだわ。どうだ? 妬けるだろ?」
「このやろう!」
胸ぐらをつかまれても、三木は依然として笑みを浮かべた。
「なんだ? 殴るのか? オレはクライアントだぞ!」
「クライアントはお前自身じゃないだろ? バカ息子!」
「なんだと?!」
三木が目をつり上げた。
「じゃあ、こんなことをしても許されるかどうか、お前のパパに聞いてやるよ。三木謙吾会長、今は鎌倉にいるよな? 今日は会長連盟の会合のはずだ。この話聞いたら、どう思うかな?」
三木は目を見開いた。
「な、なんだよお前! 一体……何者?!」
「何者だっていい。今ここでわかってるのはお前が卑劣だってことだけだ!」
「クソッ!」
そう言って、三木はつかまれていた手を振りほどいて、走って森を出て行った。
かれんに駆け寄り、その両肩を支える。
「おい! しっかりしろ! おい! 目を開けろよ!」
ゆっくりと顔を上げる。
「俺だよ。わかるな?」
「藤田……健斗?」
その声は小刻みに震えていた。
「ゆっくり息をしろ。もう大丈夫だから、落ち着け!」
かれんの視界いっぱいに藤田健斗が映る。
優しく静かなその声に安堵の気持ちが湧いて、声が出ない代わりに涙が溢れた。
健斗が抱き起こすようにかれんの肩を支え、長い指でその涙をそっと拭ぐう。
「さあ、早くここを出よう」
第29話『窮地からの奪還』- 終 -




