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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第28話『Embarrassing』

第28話『Embarrassing』


天海(あまみ)に連れられてディナーに訪れた『Lumière(ルミエール)la()Côte(コート)』は、食事のみならず店の雰囲気も素晴らしかった。

天海の戦略通り、『ファビュラス』の代表であるかれんと、天海の友人であるこの店のオーナーの(いぬい)は手を(たずさ)えることとなり、さっそく初夏のイベントのオファーを行う手はずを整えるという、商談つきのディナーとなった。

食事を終え、車まで送ってもらうことになったかれんは、天海にまた大通りで降ろしてほしいと言った。



『RUDE Bar』のドアの真ん前で車を停める。


「いいの? 家の前まで行かなくて?」


「はい、コンビニに寄って帰ります」


「かれんちゃんの本命の『カレシ』ね」


「やだ、その話、覚えてたんですか?! 今日は御馳走になった上にお仕事まで頂いちゃって、本当にありがとうございました」


「こちらこそ! 乾にも感謝されたし、鼻が高かったよ。一緒に食事もできて楽しかった」


「私もです」


かれんは助手席から降りて歩道側に回る。

ペコリと頭を下げてコンビニの方に向かおうとするかれんを、天海はパワーウインドを下げて彼女を引き留める。


「かれんちゃん!」


「はい?」


「今夜……電話してもいいかな?」


「ええ、私は構いませんけど、睡眠とらなくて大丈夫ですか?」


「ずいぶん気にしてくれてるんだ? 大丈夫。ありがとう。じゃあまた後で」


「はい」


笑顔でお辞儀をしてから、再度歩き出すかれんの後ろ姿を、天海はミラー越しにしばらく見ていた。



   とうとう本気になったか……



彼女の姿がコンビニの中に消えてからウィンカーを出し、車を走らせる。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「じゃあ波瑠(ハル)、後はよろしく!」


「健斗さん、今日はもう帰るんですか? 珍しいですね」


健斗はドアに向かって階段を上っていく。

「ああ、論文のしめきりが近くてな。じゃあ……」


ドアチャイムの小さなベルが音をたてる。

間髪いれず、即座にそのドアが勢いよく閉まる音がして、驚いた波瑠は階段の上を見上げた。


「え?! 健斗さん? どうかしたんですか?」

暗い入り口に向かって声をかけた。


健斗はドアから出るはずが、外には出ずに手前で立ち止まっている。

「いや、知り合いが……」


「え? 知り合い? 会っちゃマズイ人ですか?」


「いやぁ、そういう訳じゃないけど……」


階段を降りて戻ってきた健斗に向かって、波瑠は大きく溜め息をつく。

「健斗さん……分かりやすいな」


健斗が怪訝(けげん)な顔をした。

「なんだよ波瑠?」


「かれんさんでしょ? それも天海先生と。違いますか?」


健斗が目を見開いた。

「お前……な、なんで」


「店を開けるときに見たんですよ。ちょうどかれんさんが天海先生の車に乗り込むところで」


「え? そんな早くから? ってか、波瑠は天海先生と面識あるのか?」


「ここのお客さんですから」


「あ、そうか。そういえば来たことあるって言ってたな……」


「落ち着いてくださいよ健斗さん」


「べ、別に……」


「カウンターに座りますか?」


「あ、いや。やっぱ帰るわ。じゃあな」


「え? ああ……お疲れ様でした」


健斗は長い足で階段を飛ばしながら駆け上がっていった。


「まったく……ホント、分かりやすい人なんだから」



奥のボックス席の客の注文を届けて、一段落ついたので、波瑠はカウンターチェアーに座って一息ついた。

正面のショーケースの鏡に映る自分の胸元のペンダントに目が止まる。


「ラピスラズリ……」


あの人からそう声をかけてもらった日からだろうか、妙に気になるようになった。

何度か来店してくれたものの、たまたま客が多くて忙しかったり、彼女も友人と一緒に来て奥のボックス席に入ったりと、あまり話す機会がなかった。

でも気が付けばいつも目で追っている自分がいた。


ボクも他人事じゃないな……



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



健斗は、そっとドアを開けて、細い隙間から外のようすをうかがう。

メタリックブルーの車はもうそこになかった。



   くそっ! なんで俺がコソコソしなきゃならないんだ!



健斗はばつが悪そうに、ドア開けると、白々しく平静をよそおいながら人波に紛れる。

大通りから川沿いの道に入るためにコンビニを曲がろうとしたとき、ちょうどそこから出てきたかれんと鉢合わせした。



   ウソだろ! ああ、もう! なんでまたこんなタイミングで……



かれんは眉を上げる。

「あら、藤田健斗さん! こんな時間からお出かけ?」


「逆だよ、帰るんだ!」


「そう。あ……この間はお家に上げていただいてありがとうございました」


「なんだよその他人行儀な言い方は! あの後は? 由夏さんたち起きてたのか?」


「葉月は寝ちゃってたけど、由夏とはちゃんと話したよ」


「え?」

健斗はかれんと視線を合わせた。


「あの元カレの話?」


「そう。話したらスッキリしたわ」


「ふーん、良かったな」


「うん、ありがとう」


「いや、俺は別になにも……」


不意にかれんの涙が、頭の中に(よみがえ)った。

正直、あの時は酔いも吹っ飛ぶほど焦ったことを思い出す。


「ホント助かったわ、気持ちも整理できたしね」


「そうか」


「そうだ! 実はね今日、天海先生と会ったんだけど……」



   え? それ、俺に言うのか!?

   ふーん……そうか。

   なんか拍子抜けしちまっうな……



「え? なに?」


「いや、なんでも。で、天海先生がどうした?」


「連れていってもらったレストランで早速仕事が決まってね!」


「あのさ、話が全然見えないんだけど」


「天海先生がお知り合いのレストランのオーナーと引き合わせてくれてね、そのお店のイベントが6月に決まりそうなの。どうせ由夏のことだから、一番にあなたに連絡するはずだわ。また詳しいことは由夏に聞いてもらったらいいから」


「は? 俺? ちょっと待てよ……これって出演依頼?!」


「まあそんなとこかな?」


「あのな……俺の本業は先生だぞ。モデルじゃないっつーの!」


「それは未だに信じられない」


「そうか? こう見えても俺の授業はハイレベルだぞ! ゼミも人気だし。将来日本を背負って立つ数学者を排出するべきポジションなんだ!」


「やっぱり全く想像出来ない。絶対女子学生を、たらしてそう!」


「お前な!! っていうか、商談のために天海先生と同行したのか?」


「いいえ、もともとはディナーに誘われたの。メールが来て……たまたま早帰りだったから、ご一緒させてもらって……あ、信号!」


「え?」


「じゃあ帰るわね! おやすみなさい!」


「あ? ああ……おやすみ……」

健斗は上げかけた右手をぎこちなく下ろした。



   行っちまったし。

   メールにディナー?

   連絡先を交換してた?

   そんな間柄なのか……

   でも今日は飲んでないみたいだったな。

   飯に行って飲まないなんてあるか?

   あ、先生が車だったから、気を遣ってって……とか?!

   ふーん……

   っていうか……隠しもしないでそれを俺に言うんだな?



信号の向こうのかれんの姿に目をやる。

一度も振り返らずマンションに入っていった。


「チッ」

舌打ちをしながら、健斗はくるりと方向を変えて、川沿いの道を北へ歩きだす。



   なにホッとしてんだ? 俺は!

   くそっ、余計なこと考えてる場合じゃないぞ、

   帰ってさっさと論文仕上げないとな。




第28話『Embarrassing』- 終 -

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