第27話『素敵なディナータイム : ルミエール・ラ・コート』
第27話『素敵なディナータイム : ルミエール・ラ・コート』
天海の友人で、この店のオーナーの乾が、二人のテーブルにやって来た。
「お食事はいかがですか?」
「とっても美味しいです。前菜の盛り付けも綺麗でしたし、ソルベも本当に美味しくて!」
かれんと乾は名刺を交換する。
「実は6月にブライダルフェアが出来たらいいなと、うっすらとは考えていたんですが……なにぶんそっちの分野は素人なもんで、わからないことが多くて困ってたんですよ。三崎さん、時間がなくて申し訳ないのですが、お力をお貸しいただけませんか?」
「わかりました、早速いくつかプランを考えて、近々お持ちするようにしますね。開催日程も、またご相談させてください」
「助かります! よろしくお願いします。三崎さん、よかったら館内をご覧になりますか?」
「是非見せて下さい!」
「そのお茶がお済みになったらご案内します」
「あ、乾、案内なら僕がするよ」
天海が手を挙げた。
「そうか?」
「そうですね、あま……宗一郎さんがお店の中をご存知みたいなので、ゆっくり拝見させて頂きます」
「わかりました、よろしくお願いいたします。終わったら声かけてください」
「はい」
「あ、そうだ! 今夜はスタッフみんなで採用ケーキの試食をするんですが、もしお腹に余裕があったら是非食べていってください。天海もこう見えて実は甘党ですしね! では失礼します」
「お気遣いありがとうございます」
二人して乾を見送る。
「へぇ、甘党なんですね!」
「まあね……変かな?」
「いえ、私もチョコつまみながらお酒飲んだりもしますし」
「そう、かれんちゃんは飲める方?」
「お酒、好きですよ。ああ、そういえば、『RUDE Bar』をご存じだって、初めて会った日に、宗一郎さん言ってましたよね」
「うん。僕もたまに行くけど、遅い時間だから。一度も会ったことないよね? それなら今度は『RUDE Bar』で一緒に飲もうか」
「そうですね」
「じゃあ早速二階に上がってみよう」
「この階段も素敵ですね。ここで新郎新婦の写真が撮れそう」
「なるほどね」
「飾り付けも映えそうですし、イメージが湧きやすいわ」
二階は広々とした一室になっていて、バンケットルームとしても色々なレイアウトが出来そうだった。
確かめるように色々見て回るかれんの後を、天海はにこやかについていく。
「一本電話を入れていいですか?」
「どうぞ」
「もしもし葉月、さっきメールした件だけど。うん、キャパ的には一階は八十人、二階は百二十人くらいかな……立食でオープンガーデンも使ったらもっと入るか……ただ、シェフがどんな人かまだお会いしてなくて……」
後ろで宗一郎が小声で話す。
「ロイヤルホテルで修業したシェフらしいよ」
「そうなんですか? だったら問題なさそうですね!」
そう目配せしたかれんが、電話の相手に少しぎこちなく返答した。
「あ……えっと、ここを紹介してもらった人がいて、今一緒に来てて……」
天海が覗き込むのを、苦笑いでかわす。
「もう葉月! そういうのはいいから……とりあえず、山上ホテルのプランを少しアレンジして、なるべく早くお渡ししたいの。軽くまとめてフォルダ作っといて。よろしくね」
「仕事仲間とも仲良さそうだね」
「ええ。大学から一緒の友人と起業したので」
「どおりで」
「演出ってね、クリエイティブな仕事だから尚更、表面的な美しさだけじゃなくて、人情的な温もりとか、そういうのが大事だと思うんです。私はそれを大切にしたくて。だから仲間にいつ助けられています」
「そうか、いい環境だね」
「ええ」
彼女の微笑みが花のように見えた。
「だからか……」
「え? なんですか?」
「こんなこと……女性に聞いてもいいのかな? とも思うんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「かれんちゃん自身が毎日が充実してるから、彼氏とかいらないって……思ったりするのかな……とか?」
「あはは、それは関係ないですよ。たまたまご縁がなかっただけで」
「そうなんだ?」
「そうですよ!」
乾が上がってきた。
「三崎さん、いかがですか?」
「もうイメージが湧きに湧いて! あとはお店のご意向をお伺いするのと、シェフにお会いして打ち合わせができれば、なんとか6月に間に合います」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします! あの、良かったらケーキはいかがですか?」
宗一郎と目を合わせる。
「頂きます!」
「試食用のケーキ、いかがでしたか?」
「どれもとても美味しかったのですが、味も見た目も、タルトが絶品で」
「さすがですね! 次のブライダルフェアでも採用しようと思ってたんですよ」
「やっぱり! 賛成です!」
「天海!」
乾がエントランスで声をかける。
「彼女、パウダールーム?」
「ああ」
「ありがとうな、三崎さんを紹介してくれて。ファビュラスの女社長があんなに可愛い人だとはな……天海、お前……そういうことか?」
「ああ、でもまだまだこれからだ」
「だな? 見てりゃわかる。頑張れよ!」
乾は天海の肩を叩いて微笑んだ。
宗一郎がドアを開けてくれて、車に乗り込んだ。
「ごちそうさまでした。本当に素敵なディナーでした。ご紹介も頂いて。ありがとうございました」
「いや、久しぶりに楽しい夜だったよ、乾もずいぶん喜んでたしね。こちらこそ、ありがとう。君といるとなんだか誇らしくて、気分が良かったよ」
「そんな風に言って頂いて、光栄です!」
「ちょっと遅くなっちゃったね」
「私は大丈夫ですよ、明日休みだし。それより宗一郎さんこそ、もう眠たいんじゃないですか?」
「大丈夫。明日も寝坊できるしね」
「良かった」
「私は家に帰ったらさっそくプランを練ります」
「今から? 仕事熱心だな」
「会社ではworkaholicって言われてますけど、好きでやってるので!」
「仕事の虫かぁ……そんな風に言われてるの? かれんちゃんが?」
天海が笑う。
「頼もしいね」
「ふふふ」
「何?」
「初めて会った日……私の捻挫を処置してくれたときの事を思い出してたんです」
かれんはまたクスクス笑いだした。
「私の折れちゃったヒールをテーピングで修理してくれたでしょう? あのときの先生がかわいかったって、藤田健斗に話してて……」
「かわいかったって、僕の事?」
「あはは、ごめんなさい。ああ! そうだ! お返ししようと思って、持ってきてたんです。これ」
「なに? あ、ハンカチか、あの時の。綺麗にプレスしてくれたんだね。ありがとう」
「あの時は本当にありがとうございました。改めて思い出しても、宗一郎さんって、本当に親切ですよね」
「そういえば、キーチェーンを落としたから、とか言ってたっけ?」
かれんのカバンに目をやる。
「はい、今日も持っています」
「いいこと、あった?」
「ええ。例えば今日みたいな?」
「嬉しいこと言ってくれるね。ところで……藤田君とよく会ってるの?」
「いえ、その時は偶然『RUDE Bar』で鉢合わせて」
「一緒に飲んでたの?」
「さっき電話してた会社の子達も一緒に」
「そうか、良かった」
「え?」
「いや何でもないよ。藤田君の事、前は得体の知れない人って言ってたけど、今もそう?」
「そうですね、何でもズケズケ言うんですぐ喧嘩腰になっちゃって、始めはヤダなって思ってたんですけど、私もハッキリしてる方なので、言いたいこと言ってるうちに馴れちゃって。意外と周りを良く見てる人なんだなって思うようになりました」
「そりゃヤバイなぁ」
「え? なんですか?」
「ああ、何でもない何でもない。そうか、ご近所さんなら偶然遭遇することも多いよね」
「そうなんですよ。いつ意地悪な突っ込みが来るかと、気が気じゃないですよ!」
「僕も気が気じゃないなぁ」
「え?」
「僕も負けないくらい神出鬼没になんなきゃね」
「宗一郎さんが?」
「そう、君が藤田君にさらわれないように」
かれんはキョトンと目を丸くする。
「あはは! さらわれるだなんて、私がですか?! まさか! ただの友達なんですから」
「ただの友達? ただのご近所さんから昇格したんだ?」
「まあ、うちの会社のスタッフとも彼、打ち解けてきてるので……仕事仲間というよりは、やっぱり友達ですかね?」
「そうか……」
天海はハンドルを握りながら、小さく息をついた。
第27話『素敵なディナータイム : ルミエール・ラ・コート』- 終 -