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第26話『Dr.天海からの電話』

第26話『Dr.天海からの電話』


すっかり桜が散って、青々とした葉が目立ち始めてきた。

駅から自宅までの川沿いの道を、夕暮れの風を浴びながらゆったりと歩く。

このところ立て続けにイベントの企画がまとまって、ずっと忙しくしていた。

今日は久しぶりに、夕日が残っている間に帰ってこれた。

赤く染まった空を見上げながら帰路の道を登っていると、携帯のバイブレーションが鳴る。


「え? 天海先生?」


立ち止まって画面を開き、夕日を背に、暫し立ち止まってメッセージのやり取りをする。



  -久しぶり。今、何してる?-


  -こんばんは。これから帰宅するところです-


  -じゃあこの後の予定は?-


  -特にないです-


  -夕食はまだ?-


  -はい-


  -じゃあディナーに付き合ってもらえる?-


  -是非。嬉しいです-


  -今どこ?-


  -もう家の近くです-


  -了解。前に君を降ろした辺りで待ってて-


  -はい。ありがとうございます-




かれんは自宅の前まで来ると、急いで部屋に上がり、キレイにアイロンを当てておいたハンカチをバッグに入れて再度降りてきた。

初めて会ったあの事故の日に、天海が貸してくれた、あのハンカチだった。


北の大通りに出る。

コンビニには渡らず、何気なくその先の道を少し見上げた。

あの外観不相応の(おんぼろアパートの)スタイリッシュ(藤田邸)な部屋がふっと脳裏に浮かぶ。


東向きに曲がって、スタバの前で右から流れて来る車を幾つかやり過ごして待っていると、ほどなくメタリックブルーの車が前で停まる。


「元気だった?」

天海はハンドルから少し視線を向けると、さわやかな笑顔を向けた。


「ええ。天海先生もお忙しくされてたんでしょうね」


「まあね。なかなかディナーにも行けないくらい」


「私も」

かれんもほほ笑む。


「今日はね、僕の友達が新しく店を出したから、そこに招待したくてね。フレンチレストランなんだけど、家庭的なフランス料理でなかなか店なんだ。どう? 構わない?」


「はい! 喜んで」


「よし、じゃあ行こう。わりと近くなんだ」




天海の言葉通り、その店にはすぐに到着した。

石造りの門扉を車でくぐると、異人館のような雰囲気のある洋館が現れた。

真っ白な漆喰のエントランスにはいくつかの彫刻。それらに挟まれた壁に『Lumière(ルミエール)la()Côte(コート)』と彫ってあった。


「わあ、素敵!」


ドアマンに車を預けて店内に入る。


「いらっしゃいませ、天海様。すぐにオーナーを呼びます」


お祝いの花が並んでいる。まだオープンして間もないようだった。


「家庭的なフランス料理のお店だって聞いたから、もっとこじんまりした感じかと思ったら。こんなに素敵なお店だなんて!」


「気に入ってもらって、よかった」


奥から仕立てのいいブランドスーツに身を包んだ男性がやって来た。

「天海! さっそく来てくれてありがとう。いらっしゃいませ。オーナーの(いぬい)です」


爽やかな笑顔で頭を下げる。


「こんばんは。素敵なお店ですね。いつオープンされたんですか?」


「二ヶ月ほど前です。バレンタインデーに」


「そうですか。ここならブライダルもできそうですね」


「なぁ乾、彼女はイベントプランナーなんだ。『ファビュラスJAPAN』って知ってるか?」


「もちろん知ってるさ!」


「彼女、そこの総合プロデューサーなんだよ」


「三崎かれんと申します」


「そうなんですか! それなら是非とも今後、お世話になりたいです。後で名刺をお渡ししにうかがいますので、ゆっくりしていってくださいね」


ガーデンに面した席に通された。

クロスの色も淡いグリーンで、街の中にあるとは思えないほど、緑が溢れている。


「ふふ」

かれんが笑う。


「なに? どうしたの?」


「天海先生って、大人で都会的な雰囲気だから、洒落たジャズバーで茶色いお酒の入ったグラスを傾けて……ってイメージなんですけど……パステルカラーのクロスに腕をおいてるなんて……なんか可愛すぎて。あはは」


天海は肩をすくめる。

「素敵なイメージ持ってくれるのはありがたいけど、笑いすぎだよ!」


「あはは、ごめんなさい。ところで先生、今日お仕事は?」


「昨夜から当直だったんだ。ようやく解放された気分」


「じゃあ寝てないんじゃ?」


「大丈夫、仮眠はとれたし、昨夜は重症患者は運ばれてこなかったからね」


「本当に大変なお仕事なんですね」


「まあね、でももう慣れっこだから」


「今から食事しても、また病院に帰るんじゃ?」


「さすがにそれじゃあ僕ももたないからよ。明日の昼に出勤だ」


「よかった」




カラフルな野菜に彩られた前菜のプレートが運ばれてくる。


「二階にはチャペルを模したようなスペースもあるんだ。後で見せてもらう?」


「はい、是非とも!」


かれんはふと、フォークを持った手を止める。

「天海先生、本当はここのオーナーと私を引き合わせるために誘って下さったんじゃ?」


天海がにっこり笑った。

「バレたか!」


「バレバレですよ! でも嬉しいです。近くにこんな素敵なお店が出来たなんて、私もアイデアがどんどん沸いてきちゃいます」


「実は、君とランチに行った時から考えてたんだ。良かったよ。オーナーの乾は高校時代からの同期で、ここ以外にもレストランやアパレル業も手掛けてるよ」


「やり手でいらっしやるんですね」


「確か文系の学部に進学したんだけどなぁ。昔からなんでもできるヤツだったから」


「天海先生も関東ですか?」


「うちの高校は半分以上が関東に行くからね」


「そのうち半分以上が東大でしょ?」


「そうだな。僕も……そっち組だしね」


「わぁ……そうなんですね!」


「でさ、今さらなんだけど……」


「はい?」


「なんか〝天海先生〟って呼ばれると、いささか距離感を感じてしまうんだけど……」


「あ……ではなんとお呼びすれば……そうですね、〝宗一郎さん〟ではどうでしょうか?」


「うん、いいね。じゃあ僕は……〝かれんちゃん〟って呼んじゃダメかな? 子供っぽ過ぎる?」


「いえ。私最近、部下も増えましたし、イベント業界では若いモデルさんも多くて、時々軽く〝ビンテージ扱い〟を受けることもあったり……」


「そうなの? こんなに若い社長さんなのに?」


「ええ。だから、ちゃん付けで呼ばれるなんて嬉しいかも!」


「そう。良かった!」


天海は微笑みながら、かれんに次の料理を促した。



第26話『Dr.天海からの電話』- 終 -

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