表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/84

第22話『不測の出来事』

第22話『不測の出来事』


RUDE(ルード) Bar(バー)』を出て、ほろ酔いのかれんを健斗が家まで送る。


健斗がかれんの腰に手を回したまま駆け足で信号を渡り、二人は『|カサブランカ・レジデンス《かれんの自宅マンション》』まで来た。

自動ドアをくぐり、エントランスに入ると、二人はさりげなく身体(からだ)を離す。


「あの|ジャズバー《『BlueStone』》でさぁ……」


健斗の言葉に、遥か頭上にある彼の顔を見上げる。


「うん」


「由夏さんは、もしかしたらお前と彼に未来があるのかもしれないと思って、一か八か会わせてみようと思ったんじゃないか? お前が立ち止まってるのを見兼(みか)ねて、そうしたのかもな」


「……そうね」


「それに葉月さんだって、あの様子だと、お前があの店で元カレと鉢合わせしたことは、多分知らないんじゃないか?」


「うん、きっと由夏が言わなかったのね。私が帰ったって言ったら、葉月がさっきみたいに怒るって、思ったんじゃないかな」


「ホントに親友なんだな」


「そうよ。昔から由夏ってそういう人なの。おせっかいっていうか」


「〝お見合い斡旋オバサン〟だっけ?」


「あはは、そうそう!」


「白黒つけるきっかけになったんだ。二人には感謝しないとな」


「そうね。由夏はいつも先回りして考えてくれるし、葉月は思い全部でぶつかってきてくれる。最高の友達だわ。ちゃんとお礼言わなきゃね!」


「そうだな」


かれんが、バッグに手を入れた。


「ええっと、鍵は……」


ガサガサとバッグを(あさ)るかれんを見て、健斗は大きめ溜め息をつく。


「なぁ、マジで言ってんの? 由夏さんに鍵を渡したこと、覚えてないのか?」


「あ、そうだった!」


「やべぇな。お前、一体いつから酔っぱらってるんだ?」


かれんは部屋番号と呼び出しボタンをプッシュした。


「はぁ?! 最上階かよ!」


「もう! 見ないでよ!」


反応がない。


「え?! なんで?」


「部屋番号は間違ってないのか?」


「七階はウチの一軒だけよ、間違いようがないわ」


健斗は額に手をやった。


「なら由夏さんも葉月さんも……寝ちまったとか?」


「ええっ?! そんなの困る!」


何度『701』を呼び出しても、反応はなかった。


「ウソ……携帯に電話しても出ない!」


「……こりゃダメだな」


「ダメじゃ困るわ! どうしよう?!」


「じゃあ……」


健斗は少しうつむいて、後頭部に手をやる。


「ウチ……来るか?」


「ウチって?! 藤田健斗のあの〝おんぼろアパート〟?!」


健斗は口角を(ゆが)める。


「お前、めちゃめちゃ失礼なこと言ってんの、わかってる?! でもな、このままここに朝まで居るわけにもいかないだろ? 厚意(こうい)は受けるもんだ」


「でも……」


健斗がかれん顔の高さまで姿勢を下げて笑った。


「親友に閉め出された可哀想な社長さん、我が家へどうぞ!」


かれんはプイと顔を背けて、早足でマンションのエントランスを飛び出す。



「おい、待てよ!」


顔を前に向けたまま黙々と歩いていく。


「なによ」


「お前、まだ酔ってんのか?」


「そんなはずないでしょ!」


「だったら何でそんなに先々(さきさき)歩くんだよ!」


「ちょっと寒いから急いでるだけ!」


「すぐそこなんだから、そんな急がなくてもいいだろ?」


点滅した信号が赤になって、二人並んだ。


「あ! わかった! 今から俺と二人きりになるから、緊張してんだろ?」


「まさか?! 何でよ!」


信号が変わったと同時に、かれんはまたすたすたと歩き出した。


「ちょっと待てって! コンビニに寄るだろ? 女子は何かと買うものがあるんじゃないのか?」


「うわぁ……なんか手慣れてるわね。いつもそうしてるとか?」


かれんは露骨にいやな顔をして見せる。


「おまえな! そんなわけないだろ!ここで待っててやるから、早く行って来いよ!」



コンビニの袋を下げて出てきても尚、無表情のかれんを見て、健斗が笑い出す。


「緊張してんなら、そう言えって!」


「してないわよ!」


「いや違うな、ドキドキしてもう俺の顔を見られない……とか?」


「バカ言わないで! もう着いたわ」


おんぼろアパートの前面にある鉄の階段を上がろうとするかれんの手首を、健斗はサッと(つか)つかむ。


「何すんのよ!」


「そんなに過剰反応すんなって。階段じゃなくて、こっちだ」


「離しなさいよ!」


「酔っぱらいは制さないとな」


アパートの外側を一階の一番奥まで引っ張っていく。


「何これ?! エレベーター?」


「まあ、そんなところだ」


「あなた専用の?」


「いや、普段はそうだが、引っ越しの際は二階の住民にも使わせてるぞ、これでも俺は大家(おおや)さんだからな」


「大家さん?!」


「ああそうだ。はい到着!」


見覚えのある、豪勢な扉の前に出た。



前に来たときは気付かなかったな……

まさかこの壁がエレベーターとは……



「どうした?」


「何でもないわ」



豪華な扉の暗証ボタンを押して、健斗はかれんを招き入れた。


「どうぞ」


「……お邪魔します」


出された上品なスリッパを履いて一歩中に入ると、外観からは想像もつかない空間が広がっていた。


「な、なに? この空間は……」


デザイナーズマンションのモデルルームと見まごうほど、洗練されてあか抜けた空間だった。

巨大な吹き抜けの空間に、デザイナー名のわかる豪華な照明やセンスのいい調度品がいくつもあり、全体的に白を基調としたモノトーンで統一されていた。

ダイニングスペースから、数段下りたフロアにリビングが広がっている。

その左手は天井まで切れ込んだ大きな窓、右手には巨大なスクリーンがあり、それらに挟まれるようにコルビジェの白いソファーとシェロングが横たわっていた。


かれんが足を止めて茫然と部屋の中を見回していると、先にリビングスペースに降りた健斗がかれんを(あお)ぐ。


「何してる。ほら、降りてきてこっちに座れよ。何か飲むだろ?」


そう言ってソファーの背に脱いだジャケットを無造作にかける。


「ところでお前、なに買ってきたんだ?」


かれんは手にしたレジ袋をおもむろにリビングテーブルに置いた。

ガサガサと音を立てながら、袋の中ものを机に並べ始めると、健斗が呆れた顔でかれんを見つめる。


「えっ、ビール?! お前、まだ飲む気か?!」


かれんはようやく顔を上げた。


「だって! こんな状態、飲まなきゃやってられないじゃない!」


「は、はぁ?!」


「はい、これはあなたの分。お家に上げてくれたお礼」


健斗は肩をすくめた。


「ずいぶん安い宿代(やどだい)だな。お前なぁ……ウチに飲みに来たのか? しかもこんな本格的な〝つまみ〟まで買ってさ。オッサンかよ!」


「だって、歯ブラシとか買うの恥ずかしいじゃない! いつものコンビニなのに……だからつい色々買っちゃって……」


健斗は大きく溜め息をついた。


「やけに袋がデカいなと思ったんだ。気を遣ってあんまり見ないようにしてやったのに……で? その〝ドラえもんポケット〟からは、まだなんか出てくるわけ?」


かれんはちょっと(うな)づいて、おずおずと差し出した。


「あともう二本ビールが……」


「マジか?! 全く……とんだ酒豪(しゅごう)だな」


健斗は笑い出しながらその二本のビールをもってキッチンへ行き、冷蔵庫にしまった。

そして持ってきた大皿を、かれんの前に置く。


「ほら、ここにつまみ」


「はい」


「じゃあ、飲むか!」


「うん」


健斗はプロジェクターのスイッチを入れてから、またソファーに戻ってきた。

リモコンで操作しながらミュージックビデオを流し、照明を落としてふうっとソファーにもたれる。


「じゃあ早速〝宿代〟を頂くとするか!」


二人はようやくビールをあけた。

かれんはぐいぐい飲む。


「飲みっぷりもオッサン並みだな」


「だって今日はビール、一杯だけしか飲んでなかったから」


健斗は呆れるように(くう)(あお)ぐ。


「充分だろ! 強いカクテルばっかり飲んでるからあんなにフラフラになるんだ!」


「もう酔ってないもん」


「酔ってなくてこの態度は頂けないな!」


「だって……なんだか……あなたには言いたいことが、何でも言えちゃうんだもん」


「はぁ?! 喜ぶべきか悲しむべきかよくわかんねぇけど……っておい! そんなにグビグビ飲むなよ! あのなぁ、俺だって男だぞ!」


「こっちのおつまみも開けよう!」


「……聞いてねぇし」


健斗はソファーにグッともたれて伸びをした。

目に入った壁掛け時計の針は一時を指している。

いつもよのうにポケットから財布とカードケースを出して、ポンと机に置くと、かれんがそれに気付いた。


「あ、それは……」



第22話『不測の出来事』- 終 -

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ