第22話『不測の出来事』
第22話『不測の出来事』
『RUDE Bar』を出て、ほろ酔いのかれんを健斗が家まで送る。
健斗がかれんの腰に手を回したまま駆け足で信号を渡り、二人は『|カサブランカ・レジデンス《かれんの自宅マンション》』まで来た。
自動ドアをくぐり、エントランスに入ると、二人はさりげなく身体を離す。
「あの|ジャズバー《『BlueStone』》でさぁ……」
健斗の言葉に、遥か頭上にある彼の顔を見上げる。
「うん」
「由夏さんは、もしかしたらお前と彼に未来があるのかもしれないと思って、一か八か会わせてみようと思ったんじゃないか? お前が立ち止まってるのを見兼ねて、そうしたのかもな」
「……そうね」
「それに葉月さんだって、あの様子だと、お前があの店で元カレと鉢合わせしたことは、多分知らないんじゃないか?」
「うん、きっと由夏が言わなかったのね。私が帰ったって言ったら、葉月がさっきみたいに怒るって、思ったんじゃないかな」
「ホントに親友なんだな」
「そうよ。昔から由夏ってそういう人なの。おせっかいっていうか」
「〝お見合い斡旋オバサン〟だっけ?」
「あはは、そうそう!」
「白黒つけるきっかけになったんだ。二人には感謝しないとな」
「そうね。由夏はいつも先回りして考えてくれるし、葉月は思い全部でぶつかってきてくれる。最高の友達だわ。ちゃんとお礼言わなきゃね!」
「そうだな」
かれんが、バッグに手を入れた。
「ええっと、鍵は……」
ガサガサとバッグを漁るかれんを見て、健斗は大きめ溜め息をつく。
「なぁ、マジで言ってんの? 由夏さんに鍵を渡したこと、覚えてないのか?」
「あ、そうだった!」
「やべぇな。お前、一体いつから酔っぱらってるんだ?」
かれんは部屋番号と呼び出しボタンをプッシュした。
「はぁ?! 最上階かよ!」
「もう! 見ないでよ!」
反応がない。
「え?! なんで?」
「部屋番号は間違ってないのか?」
「七階はウチの一軒だけよ、間違いようがないわ」
健斗は額に手をやった。
「なら由夏さんも葉月さんも……寝ちまったとか?」
「ええっ?! そんなの困る!」
何度『701』を呼び出しても、反応はなかった。
「ウソ……携帯に電話しても出ない!」
「……こりゃダメだな」
「ダメじゃ困るわ! どうしよう?!」
「じゃあ……」
健斗は少しうつむいて、後頭部に手をやる。
「ウチ……来るか?」
「ウチって?! 藤田健斗のあの〝おんぼろアパート〟?!」
健斗は口角を歪める。
「お前、めちゃめちゃ失礼なこと言ってんの、わかってる?! でもな、このままここに朝まで居るわけにもいかないだろ? 厚意は受けるもんだ」
「でも……」
健斗がかれん顔の高さまで姿勢を下げて笑った。
「親友に閉め出された可哀想な社長さん、我が家へどうぞ!」
かれんはプイと顔を背けて、早足でマンションのエントランスを飛び出す。
「おい、待てよ!」
顔を前に向けたまま黙々と歩いていく。
「なによ」
「お前、まだ酔ってんのか?」
「そんなはずないでしょ!」
「だったら何でそんなに先々歩くんだよ!」
「ちょっと寒いから急いでるだけ!」
「すぐそこなんだから、そんな急がなくてもいいだろ?」
点滅した信号が赤になって、二人並んだ。
「あ! わかった! 今から俺と二人きりになるから、緊張してんだろ?」
「まさか?! 何でよ!」
信号が変わったと同時に、かれんはまたすたすたと歩き出した。
「ちょっと待てって! コンビニに寄るだろ? 女子は何かと買うものがあるんじゃないのか?」
「うわぁ……なんか手慣れてるわね。いつもそうしてるとか?」
かれんは露骨にいやな顔をして見せる。
「おまえな! そんなわけないだろ!ここで待っててやるから、早く行って来いよ!」
コンビニの袋を下げて出てきても尚、無表情のかれんを見て、健斗が笑い出す。
「緊張してんなら、そう言えって!」
「してないわよ!」
「いや違うな、ドキドキしてもう俺の顔を見られない……とか?」
「バカ言わないで! もう着いたわ」
おんぼろアパートの前面にある鉄の階段を上がろうとするかれんの手首を、健斗はサッと掴つかむ。
「何すんのよ!」
「そんなに過剰反応すんなって。階段じゃなくて、こっちだ」
「離しなさいよ!」
「酔っぱらいは制さないとな」
アパートの外側を一階の一番奥まで引っ張っていく。
「何これ?! エレベーター?」
「まあ、そんなところだ」
「あなた専用の?」
「いや、普段はそうだが、引っ越しの際は二階の住民にも使わせてるぞ、これでも俺は大家さんだからな」
「大家さん?!」
「ああそうだ。はい到着!」
見覚えのある、豪勢な扉の前に出た。
前に来たときは気付かなかったな……
まさかこの壁がエレベーターとは……
「どうした?」
「何でもないわ」
豪華な扉の暗証ボタンを押して、健斗はかれんを招き入れた。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
出された上品なスリッパを履いて一歩中に入ると、外観からは想像もつかない空間が広がっていた。
「な、なに? この空間は……」
デザイナーズマンションのモデルルームと見まごうほど、洗練されてあか抜けた空間だった。
巨大な吹き抜けの空間に、デザイナー名のわかる豪華な照明やセンスのいい調度品がいくつもあり、全体的に白を基調としたモノトーンで統一されていた。
ダイニングスペースから、数段下りたフロアにリビングが広がっている。
その左手は天井まで切れ込んだ大きな窓、右手には巨大なスクリーンがあり、それらに挟まれるようにコルビジェの白いソファーとシェロングが横たわっていた。
かれんが足を止めて茫然と部屋の中を見回していると、先にリビングスペースに降りた健斗がかれんを仰ぐ。
「何してる。ほら、降りてきてこっちに座れよ。何か飲むだろ?」
そう言ってソファーの背に脱いだジャケットを無造作にかける。
「ところでお前、なに買ってきたんだ?」
かれんは手にしたレジ袋をおもむろにリビングテーブルに置いた。
ガサガサと音を立てながら、袋の中ものを机に並べ始めると、健斗が呆れた顔でかれんを見つめる。
「えっ、ビール?! お前、まだ飲む気か?!」
かれんはようやく顔を上げた。
「だって! こんな状態、飲まなきゃやってられないじゃない!」
「は、はぁ?!」
「はい、これはあなたの分。お家に上げてくれたお礼」
健斗は肩をすくめた。
「ずいぶん安い宿代だな。お前なぁ……ウチに飲みに来たのか? しかもこんな本格的な〝つまみ〟まで買ってさ。オッサンかよ!」
「だって、歯ブラシとか買うの恥ずかしいじゃない! いつものコンビニなのに……だからつい色々買っちゃって……」
健斗は大きく溜め息をついた。
「やけに袋がデカいなと思ったんだ。気を遣ってあんまり見ないようにしてやったのに……で? その〝ドラえもんポケット〟からは、まだなんか出てくるわけ?」
かれんはちょっと俯づいて、おずおずと差し出した。
「あともう二本ビールが……」
「マジか?! 全く……とんだ酒豪だな」
健斗は笑い出しながらその二本のビールをもってキッチンへ行き、冷蔵庫にしまった。
そして持ってきた大皿を、かれんの前に置く。
「ほら、ここにつまみ」
「はい」
「じゃあ、飲むか!」
「うん」
健斗はプロジェクターのスイッチを入れてから、またソファーに戻ってきた。
リモコンで操作しながらミュージックビデオを流し、照明を落としてふうっとソファーにもたれる。
「じゃあ早速〝宿代〟を頂くとするか!」
二人はようやくビールをあけた。
かれんはぐいぐい飲む。
「飲みっぷりもオッサン並みだな」
「だって今日はビール、一杯だけしか飲んでなかったから」
健斗は呆れるように空を仰ぐ。
「充分だろ! 強いカクテルばっかり飲んでるからあんなにフラフラになるんだ!」
「もう酔ってないもん」
「酔ってなくてこの態度は頂けないな!」
「だって……なんだか……あなたには言いたいことが、何でも言えちゃうんだもん」
「はぁ?! 喜ぶべきか悲しむべきかよくわかんねぇけど……っておい! そんなにグビグビ飲むなよ! あのなぁ、俺だって男だぞ!」
「こっちのおつまみも開けよう!」
「……聞いてねぇし」
健斗はソファーにグッともたれて伸びをした。
目に入った壁掛け時計の針は一時を指している。
いつもよのうにポケットから財布とカードケースを出して、ポンと机に置くと、かれんがそれに気付いた。
「あ、それは……」
第22話『不測の出来事』- 終 -