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第20話『In wine, there is truth. 』

第20話『In wine, there is truth. 』


仕事帰りに立ち寄った『Rude Bar』で、グラスを重ねるファビュラスの三人の女性と健斗。

話の弾むなかで、酔いが回った葉月が唐突にかれんに不可解な言葉を投げかけた。


「かれんはさ、もう幸せになった方がいいと思うの!」


「え?!」


由夏も健斗も不可解な面持ちで、葉月を(あお)いだ。


「どうしたの、突然……」


かれんの問いには答えず、葉月は(せき)を切ったように話し始めた。


ハル(元彼)はさ、悪い奴じゃないとは思うよ、だけどハルはかれんのことを幸せにできる男じゃないって、私、最初から思ってたんだ」


かれんは戸惑う。


「え……イヤだ葉月、今更なに言ってるの……今そんなこと」


「ハルは行動力もあったし、頭も実力もある男だとは思うよ、だけどステータス重視だから、かれんのことを一人の女の子として見てたかどうかって、私はずっと疑問に思ってた。ハルはかれんのことがただ好きだから一緒にいたけど、かれんの幸せを考えてたかっていったら、そうは思えない。そのために何か(ゆず)ったり、妥協点(だきょうてん)を提示出来るような男じゃないもん。だからさ、かれん、もうハルのことは忘れなよ!」


「な、なに言ってんの葉月? ハルのことなんて、とっくに忘れてるわよ」


「忘れてたなら、どうしてこの前 『Blue Stone』に来なかったのよ!」


「葉月、やめなよ」


見兼(みか)ねて由夏が割って入るも、葉月は更に続けた。


「どうしてあの日、ハルを()けたの? どうして向き合えなかったの? 怖かったんじゃない? 心がまた、動き出しそうになったから?」


かれんは言葉を失う。


「葉月、本当にやめな!」


由夏がさっきより強い口調で葉月を制した。

葉月のグラスを取り上げて、その肩を抱く。


「あのさかれん、葉月を連れて帰るわ。家の鍵貸して!」


「え? 鍵を?」


「うん」


「葉月を連れて帰るなら、私も帰るわよ」


「いいの! かれんはここにいて!」


「私一人で?! どうしてよ」


「なに言ってんの! 一人じゃないでしょ?」


「え?」


かれんがちらっと健斗を見て、眉をしかめるのと同時に、由夏がにっこりと微笑んだ。


「そう! 藤田先生がいるんだから、もうちょっと飲んでから帰っておいで!」


「なによそれ! 私の家なのに?」


「そう、親友の家は私の家!」


「なに言ってんの由夏!」


由夏は笑いながら、お構いなしに話を進める。


「藤田教授、かれんのこと、お願いしてもいい?」


「ん、まあ別にいいけど……」


「ちょっと! 私は残るなんて言ってない……」


由夏がまあまあといったようにかれんを制しながら、耳元で囁く。


「今は少し離れた方がいいって。わかるでしょ? 葉月のヒートアップ、(おさ)めて先に寝かせとくから。ねっ!」


「……うん」


渋々(うなづ)いたかれんに目配せをして、由夏は健斗の肩をポンと叩く。


「散々ややこしいのに付き合わせた上にお願いするのもなんなんですけど、〝近所のよしみ〟ってことで、よろしくお願いしますね!」


「ああ……了解」


かれんは居心地が悪そうに(うつむ)いた。


「そうだかれん! イケメン波瑠くんとの仲を取り持ってもらうのはどう?! なんてね!」


「もう! 由夏!」


「あはは。じゃあね、おやすみなさい!」





見送るかれんに手を振って、由夏は葉月の背中を押しながら階段を上ってドアの外に消えていった。


「あ……本当に帰っちゃうなんて。しかも私の家に?! 信じられない……」


その後ろで内情を知らない波瑠が、葉月の酔いっぷりを見てか、やたら笑っている。


「ごめんなさいね、お騒がせして」


「あはは。いえいえ、本当にいいキャラクターで……楽しいです」


「楽しい?! あ! あの二人、波瑠くんにもなんか言ったんでしょ?! 波瑠くんも人が悪いなぁ……まだ笑ってるし!」


「あはは、すみません。ツボっちゃって……すぐにグラスを用意しますね。次は何を飲まれます?」


「波瑠くんのオススメならなんでも!」


「かしこまりました」


健斗もカウンターまでやって来た。


「ったく、まだ飲むのか? もう充分に酔ってんだろ?」


「酔ってなんかないわよ! これくらいで」


「とにかく、あっちに戻るぞ」


かれんをもといたソファー席に促す。



「お待たせしました! オレンジを(しぼ)って作った『ミモザ』です。お口に合いますか?」


「うわ、美味しそう! 波瑠くん、ありがとう」


「健斗さんはビールで」


「おお、サンキュ」


「では、ごゆっくり」





グラスを交わすでもなく、しばらく静かな時間が流れる。

さっきまで盛り上がっていたこのボックス席のソファーが、やけに広く感じられた。


「あれってさ……」


健斗が口火を切った。


「え、なに?」


「〝鍵、貸して〟ってやつ。ホントに親友なんだなって。あれって由夏さんの気遣いなんだろ?」


「そうね」


「酔ってるとはいえ、葉月さんもあそこまで言えるのは、お前のこと心底心配してるんだなって思ってさ」


「うん……分かってる」


お互い、自分のグラスに目を落とす。


「あの……〝ハル〟って……あ、『Rude() Bar()』の波瑠(ハル)じゃなくて、さっきの。ん……ややこしいな! 葉月さんが言ってた方の。そいつってさ、この前のジャズバーで会った男?」


「……そう」


「そっか。なるほどな」


また(しば)しの沈黙が訪れた。


「あ……そういった話ってさ、あんまり聞かれたくないもんなのか?」


「どうだろ? よくわからない」


かれんはグラスをあける。


「だったらさ……話しながら整理するっていうのは?」


かれんはスッと顔を上げて、健斗の方に視線を向けてから、またそのまま真正面を向いた。


「うん……悪くないかも?」


健斗は眉を上げて(うなづ)く。


「そっか。じゃあ仕切り直しにもう一杯飲むか? 何がいい?」


「同じカクテルがいいわ」


「でも、ちょっとキツすぎないか? もう少し軽いものに変えよう。おーい、ハ……」


健斗は一瞬、その名前を口にすることを躊躇(ためら)った。


「あ……俺、注文してくるから、ちょっと待ってろ」


健斗はそう言ってカウンターの方にスタスタ歩いて行った。



「ハル、あいつの酒は薄く作ってくれ」


波瑠はグラスを並べながら涼しい表情で言った。


「実はさっきのカクテル、ほぼフルーツジュースなんです」


「お前……気が利くなぁ!」


にっこりしながら、波瑠はオレンジを(しぼ)る。


「でもかれんさん、それまでにもだいぶん飲んでますから」


「……そうか」



健斗がグラスを二つ持って戻ってきた。

ぼんやりと壁を見つめているかれんの目を覗き込む。


「ほら」


「ありがとう」


そっと口をつける。


「爽やかな香りね。甘酸っぱくて優しくて。頭の奥まで染み渡るかんじ……」


そう言ってかれんは、ぐぐっと飲み干した。


「おいおい、お前! そんな急に飲んで……俺、チェイサー取ってくるから、待ってろ!」


そう言って立ち上がろうとする健斗の腕を、かれんは(つか)んだ。


「大丈夫……座って」


「……わかった」


健斗は上げかけた腰を下ろして、深く座り直した。



第20話『In wine, there is truth. 』- 終 -

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