第19話『ファビュラスのトップ3』
第19話『ファビュラスのトップ3』
三崎かれん、相澤由夏、白石葉月。
『ファビュラス』創設時からのこの〝トップ3〟は、大学からの同期、親友でもある。
そして、卒業のタイミングで起業したかれんにとってはかけがえのない同志でもあった。
起業して四年、かれんの父が会長でもある親会社『東雲コーポレーション』の下請けから始まり、軌道に乗った『ファビュラス』は、この数年でどんどん規模が拡張されている。
当初はいつも膝を付き合わせて一緒に案件に取り組んでいた三人も、今では幾つものイベントを同時進行で効率良くまわすため、いつも分担しているせいもあり、何日も顔を合わせないこともままあった。
そんな三人が、揃っての視察にでかけるのは久しぶりだった。
今日は見晴らしのいい山の上のホテルのテラスで、数ヶ月後に行われるブライダルファッションショーの打ち合わせ。
出向いた三人は、豪華なレストランで試食会とは思えないほどの品数のビュッフェに舌鼓を打つ。
食事もデザートも、加えて試飲用のワインもたっぷり頂いて、タクシーで会場を後にした。
下山しながら、三人は次の店の打診をする。
「ねえねえ、かれん家で飲む前にさ、あの近所のBarに行かない? 時間は早いけど、もうオープンはしてるでしょ?」
「ああ、『RUDE Bar』のこと?」
「そうそう! あの〝イケメン君〟のいるbar!」
前のめりの由夏に、葉月は笑う。
「由夏は店選びの基準もそこなんだ?」
「そう言う葉月だって、とびきりの面食いのクセに!」
かれんが由夏の言葉に首を振る。
「違うわよ由夏、葉月の周りは奇跡的なくらいイケメンしか居ないのよ」
「そうね。芸能人ばっかりだもん、当たり前か」
葉月は運転手に次の信号で降りることを伝える。
「ほら、そんなことより、もう着くよ! 由夏、今日もとことん飲んじゃお!」
すかさず、かれんが釘を刺す。
「もう結構飲んでるってこと、忘れてない?! 由夏も葉月も、飲み過ぎないでよ!」
「大丈夫大丈夫!」
「ホントに? 心配だなぁ」
「今日のお料理もワインも美味しかったから、ちょっとペースがすすんじゃったね」
葉月がペロッと舌を出した。
「もうオープンしてるかな?」
タクシーを降りてみると、『RUDE bar』のドアには〝open〟のプレートがかかっていた。
「こんばんは!」
「いらっしゃいませ。わ! 今日は美人三人様?! お仕事だったんですか?」
「あら! 若いのに、お上手!」
由夏は上機嫌で微笑みかける。
「こちらへどうぞ」
奥のソファー席に案内される。
「とりあえず、ビールで」
「かしこまりました」
女性三人、仕事の話もプライベートの話もお構いなしに、大いに盛り上がる。
「おかわり、もらってくるね」
かれんが一人、カウンターへ注文に向かった。
「ビール二つと、そうねぇ……なにかオススのカクテル、作ってもらえません?」
「もちろん。お好みのベースは?」
「じゃあ、ラムで。ショートカクテルがいいかな」
「珍しいですね、ショートをご注文なんて」
「そうね、今日はちょっといい事があったから酔いたい気分」
「そうですか、かしこまりました。少々お待ちくださいね」
カウンターに頬杖をついて、彼がシェーカーを振るのを見ている。
若そうなのに落ち着いていて、カッコいい人だなと思った。
視線の右端から光が差し込んで、ドアが開いたことを知らせる。
逆光に視線を上げると、人影が見えた。
暗い入り口から、細身の身体にフィットした白シャツの襟元をあけた男性のシルエットが、ゆっくりと階段を下りてくる。
「いらっしゃ……あ、おはようございます、健斗さん」
「ああ、おつかれ……ん?」
「健斗……さん?」
かれんは驚いて、バーテンとシルエットを交互に見た。
「え? ええーっ!」
のけ反るような体勢でこちらに視線を向けるかれんに、健斗は最後の一段を踏みながら、めんどくさそうに顔を背け、溜め息をついた。
「なんでまた、このタイミングでここに来るのよ!」
その言葉にバーテンの彼は慌てる。
「いえ、この人はここのオー……」
健斗は彼に向けて手を上げてそれを遮った。
「あのなぁ。俺ん家、知ってんだろ? どんだけ近所だと思ってんの、ここの常連に決まってんじゃん」
その言葉に、かれんは渋々納得したように肩を上げた。
「あ……まあ、そっか。でも私だってここの常連なんだから! ねっ?」
そう言ってかれんはバーテンの彼と目配せしてニコッと笑う。
「ええ」
「ふーん、会ったことないけどな?」
「そうね、こんなに早い時間に来ることはあまりないし」
「遅い時間か。〝お一人様〟で?」
「そうだけど、悪い?!」
「いや、別に?」
睨みつけるかれんの背後から、大きな声がした。
「あーっ! 藤田センセじゃない?!」
健斗はかれんからスッと視線を外して笑顔を向ける。
「ああ、由夏さん! 葉月さんも! なんか、いい感じで仕上がってるね?」
「そうなのよ! 今日は仕事中から飲んじゃってるんだけどね。ねぇセンセ、一緒に飲みましょうよ!」
健斗は二人に両腕をガッチリ固められた。
「あはは、ハル! 俺にビール持ってきて!」
引きずられて奥のボックス席に連行されていく。
「はい、かしこまりました」
手際よくグラスを並べる彼の手元を、かれんはカウンターに座ったままじっと見つめていた。
「……ハル?」
「え?」
「お名前、〝ハル〟って言うの?」
「ええ」
「どんな字?」
「ああ、〝波〟に瑠璃色のリュウって書きます。父がサーファーで」
何度もここに来てはいたが、彼とちゃんと話すのは初めてだった。
「そう。だから瑠璃色のペンダントトップを付けてるのね?」
波瑠のチョーカーに目をやる。
「あ、これですか?」
「ラピスラズリよね? 十二月生まれなの?」
「ええ! よくご存じですね」
波瑠の顔がほころぶ。
「前に宝石商のイベントがあってね。誕生石の展示もあったの。それに私も12月なのよ」
「そうなんですか!」
話しながら手を動かす波瑠の前のグラスが仕上がっていく。
笑うとかわいいな。
かれんは微笑ましく思いながら、カウンター越しに彼の顔を見上げていた。
「お知り合いだったんですね? 健斗さんと」
「ああ……まぁ……」
背後から騒がしい声が聞こえてきた。
「おいおい! なにそこで二人盛り上がってんだ?! お嬢さん方が〝酒はまだか!〟ってご立腹だぞ!」
「ああ、すみません! すぐお持ちしますね!」
「なによ、うるさい客ね!」
かれんの言葉に、波瑠は笑いながらグラスを持ち上げた。
「私も持つわ」
「ありがとうございます」
ボックス席に向かって、二人で四つのグラスを運ぶ。
「あれ? なんかいい雰囲気! かれん、二人でなに話してたのよ!」
すかさず由夏が絡んでくる。
「バーテンの彼は……おいくつ?」
葉月の質問に、波瑠は笑顔で答える。
「ボクですか? 二十二歳です」
「そう! かれん、年下もいいんじゃない?」
「もう、由夏ったら!」
かれんは由夏を睨み付けてから、申し訳なさそうに波瑠の方を向いた。
「ごめんね! 波瑠くん」
「いえいえ、光栄です」
その爽やかな笑顔に、由夏も葉月も声を上げて盛り上がる。
「ハル、なんかつまみでも出して」
ちょっとむくれたように健斗が言った。
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げてカウンターへ戻る波瑠の後ろ姿を、三人が目で追う。
「彼、爽やかで素敵よね。ねぇかれん、冗談じゃなくて、真面目に考えてみたら?」
かれんは手にしたショットグラスをこぼしそうになって、慌ててテーブルに戻した。
「由夏さぁ! そういうのやめてってば! お見合い斡旋オバサンになってるわよ!」
「あはは、つい……ごめんごめん!」
再びグラスを手に取るかれんに、健斗はふうっと息を吹いて、腕を組み替える。
「アイツは将来ある若者だぞ?」
「それ、どういう意味よ?!」
「別に」
由夏が笑いながら二人の肩を叩いた。
「あらら? 『ワーコレ』で一回会っただけなのに、やけに距離感近くない?! ひょっとして……」
「ないない!」
「ないない!」
同時に声を発したかれんと健斗に、由夏は吹き出す。
「おもしろーい! めちゃめちゃ気が合うじゃない?」
二人ともそっぽを向いて座り直す。
「由夏! お願いだから変なこと言わないでよ!」
「はいはい、すみませんねぇ」
そう言いながら、由夏はふと隣に目をやった。
「葉月?」
まるで由夏の声が聞こえていないかのように、葉月が声を上げる。
「波瑠ちゃーん、おかわりー!」
「はーい、ただいま」
何度かこのやり取りがあったことを思い出しながら、テーブルに並ぶグラスの数を見て、由夏は怪訝な顔をする。
「ねぇ葉月、ちょっと……飲みすぎなんじゃない?」
「葉月さんって意外とおしゃべりなんだな」
健斗が愉快そうに言った言葉に、由夏は首をすくめる。
「この子ね、普段は堅実でしっかりしてるんだけど、酔うと人が変わっちゃうのよね」
葉月がテーブル越しにかれんに手を伸ばす。
「ちょっと、かれん! か・れ・ん!」
かれんは微笑みながら葉月に身を寄せた。
「はいはい葉月、なぁに?」
「かれんはさ、もういい加減、幸せになった方がいいと思うの!」
「え?!」
周囲の空気が一変する。
第19話『ファビュラスのトップ3』- 終 -