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第17話『夜桜に誘われて』

第17話『夜桜に誘われて』


春めいてきた。

シーズン真っ只中、連日の桜のイベントや次の大きなイベントに向けてのプレゼンと接待で、毎晩遅い帰宅となっていたかれんは、ここしばらくタクシーでの〝 door to door 〟の生活を送っていた。

同じくハードな日々に付き合ってくれたスタッフを(ねぎら)って、今日は仕事を早く切り上げたかれんは、久しぶりに電車に乗って、駅から川沿いをゆっくりと歩いて帰る。

帰路の途中にある公園は、平日にも関わらず花見客でごった返していて、夜になってお酒も入っているからか、なんだか夏祭りのような活気に溢れていた。

公園を過ぎると、心地よい静寂が訪れる。

川沿いの桜も満開、夜風にたなびく花びらがまるで雪のようにヒラヒラと舞い上がる。

空を(あお)ぎながらゆっくり歩いていると、突然誰かにポンと肩を叩かれた。


「お嬢さん!」


「うわっ!」

驚きのあまり倒れそうになったかれんを、声の主は慌てて支える。


「おい! そんなに大きなリアクションしなくても!」


かれんは肩にかかったその手を振り払う。

「また出た! 藤田健斗! もう! びっくりするじゃない!」


「また出た! フルネームだ! 飲んでんのか?」


「は? まさか?」


「でもそんな歩き方してたら花見帰りの泥酔オンナと思われるぞ!」


「そんなにフラフラしてないわよ!」


「いやいや、(すき)だらけだ。悪いオトコに引っ掛けられたらどうする」


「ああ、あなたみたいな?!」


「はぁ! どこが?! こうしてカバーしてやってんだろ」


「何がカバーよ! 私が桜吹雪を楽しんでるのを邪魔してるだけじゃない!」

そう言いながら『|カサブランカ・レジデンス《かれんの自宅マンション》』の前を通り過ぎた。


「お前、何で家に帰らないんだ? あ! 『彼氏』発見!」

コンビニを指差した健斗が、ふざけた表情でかれんを見下ろす。


「もう! いつまでもいじらないでよ!」


「今日は特大シュークリームかな?」


「うるさいなぁ!」


愉快極まりないといった様子で笑っている健斗が、またポンとかれんの肩に手をかけた。

「なにか飲もうぜ! おごってやるよ」


またその手を払ってジロリと睨む。

「なんで? おごってもらわなきゃならないのよ?!」


「拾得物のお礼に」


カードケースを彼に返したあの夜の光景が目に浮かんだ。

「まぁ……それなら、おごられてもいいかな」





「結局ビールかよ?!」

同じ缶を持ちながらも、健斗が呆れたように手渡した。


「だって最近イベント続きで、お花見も行けなかったのよ。夜桜楽しむならやっぱりビールでしょ?」


「まあ、そうかもな。しかし、いいオトナが川沿いで立ち飲みかよ」


「いいオトナが川沿いで、立ったまま肉まん食べさせられるよりは、ずっとマシだと思うけど?」


「あはは。そんなヤツ居ないだろ?!」


「はぁ?! よく言うわ!」


かれんは呆れた顔を見せながらも、サーッと吹き上げてきた風に目を細めた。

「うわぁ、風が気持ちいい!」


手すりを持って反り返るように髪を揺らすかれんを見ながら、健斗も同じように(くう)を仰いだ。

「前もそんなこと言ってたな」


「あれからずいぶん時間がたった気がするわ。なんせ、忙しかったからね」


健斗は手すりを背にしてビールをグイッとあおると、ちらっとかれんの方を向いて声のトーンを下げる。

「なあ……あんな感じでさ、毎回イベント仕切ってんの?」


「まあ、そうね。でもホントに一つ一つの仕事はバラバラだから、準備も大変で……いくら事前に時間をかけても、この桜みたいに一瞬で散ってしまう。でもきれいに咲かせるために時間も思いもたっぷりかけて、その一瞬にかけてるの」


「仕事……好きなんだな」


「ええ。あなたは? 仕事が好き?」


「まあ……いつのまにか仕事になってたって感じだから、好きもなにも、って感じかな」


ふと、彼の横顔を盗み見た。

風に吹かれた花びらを追っているのか、遠い視線に見えた。


「あの私、正直言って今でも信じられないんだけど……」


健斗が顔を向けた。

「俺が大学の准教授だってこと?」


「ええ、あまりにもイメージが……」


「確かに、信じがたいかもな。若くてイケメンだし?」


「またチャラいこと言って!」

かれんは顔を背ける。


「俺が言ったんじゃなくて、由夏さんがそう言うの!」



かれんは肩を落とした。

「あ……確かに言いそう。 私にもそう言ってたわ」


「だろ?」

笑いながらも、健斗は水面に浮かぶ花びらを見つめている。


「ねぇ、どうしてその仕事を選んだの?」


健斗は視線を落としたまま、独り言のように言った。

「そうだな……〝 宿命 〟ってやつかな」


「ふーん、宿命か……」


健斗がガバッと顔を上げた。

「おい、そこ!〝なにロマンチックなこと言ってんだ〟って茶化すところだろ?」


かれんは驚く。

「え? どうして? 宿命っていうのも、あるのかもって。私はそう思うけど?」


健斗はかれんの顔をじっと見つめた。

「そっか。そんなふうにスッと受け入れてくれた人……あんま居なかったから」


そう言いながら健斗はまた一口あおった。

そんな健斗から視線を外して、かれんも水面に浮かぶ花びらに目をやる。


「色々な業種の人に会うからかな、みんな多かれ少なかれ、何かを背負って生きてるなって、そう思うようになったの」


「それで? お前自身は今の仕事に宿命を感じてるのか?」


「ホントのところ、まだわからない。好きかどうかと聞かれたら〝好きだ〟と即答出来るけどね。その二つは直結してないといけないものなのかどうかも判らなくて。昔はね、会う人に片っ端から〝どうしてその職業に?〟って聞いてた。でも当時はあんまり解ってなかったと思う。今なら少しは、解ってきたかも」


「落としどころ……みたいな感じかな?」


「そう! 何を選んだとしても、みんなそれが「自分」なのよ。もちろんまだ進行形の人が沢山いるなかで何かを宿命とは思えない人が殆どだろうけど、少なくとも私が出会った人達は、それぞれ仕事に対して愛があったわ」


「確かに……仕事に愛着はあるな」


かれんは健斗の方に向き直り、上から下までじっとながめた。


「な、なんだよ!」


「あなたって……」


第17話『夜桜に誘われて』- 終 -

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