第16話『ランチデート』
第16話『ランチデート』
『ギャレットソリアーノ』の特等席ともいえる、全面ガラス張りのテーブルに案内された。
そびえ立つ吊り橋の壮大な全貌と、美しい水面のコントラストに目を細める。
そんなかれんに、天海は席につくなり尋ねた。
「ねぇ、三崎かれんさん。君って〝社長さん〟なの?」
かれんは苦笑いをしながら肩をすくめた。
「あ、まあ……そうですね。その響きはちょっと苦手なんですけど。うちの会社は女性スタッフが多いので、ここの店主さんは名前が覚えられないって仰って……なので私、ずっと〝社長さん〟って呼ばれてたんですよ」
「そうなんだ。あのオーナーらしいね」
かれんは天海に自分の名刺を差し出した。
「ほう! 『ファビュラスJAPAN』エグゼクティブプロデューサーね。イベントコンサルタントなんだ? クリスマスとか、バレンタインとか?」
「ええ。レストランでしたらディナーをメインに集客をすることもありますけど、最近はブライダルやファッションショーが多いですね。モデルや生演奏を入れたりした、規模が大きいイベントが増えてきたので」
「そうか、やり手なんだね」
「いえ、そんな……」
店主が勢いよくやって来た。
「社長さん! 夏にパスタフェアをやろうと思ってるの! ファビュラスさんにプロデュース、お願いできないかしら?!」
「是非、やらせてください。明日にでも担当の者から連絡入れさせますね」
「話が早いわ! よろしくお願いしますね!」
かれんは〝やった!〟と言わんばかりの笑顔を天海に向けた。
美しく盛り付けられた料理がどんどん運ばれてくる。
「美味しい! お昼からこんなゴージャスに食べていいのかしら!」
前菜は九種類の盛合わせ。
見た目も彩り豊かで、特にサーモンマリネとほうれん草のキッシュが絶品だった。
「良かった、喜んでもらえて。一人じゃなかなか入りにくくてね」
「確かに。こんな素敵なお店に〝お一人様〟じゃあ、ちょっと気後れちしゃいますよね?」
上機嫌なかれんと天海は、食事をすすめながらお互い質問をする。
「じゃあ先生は、いつもこんな豪華なランチしてるってわけじゃないんですね?」
「そりゃそうさ! よくドラマとかで見ない? 当直室で一人でカップラーメン食べてるシーンとか」
「ホントにあんな感じなんですか?」
「そうさ、味気ない食事の日も少なくないよ。今日はラッキーだったな」
「私もです!」
メインディッシュが運ばれてきた。
かれんの顔がまたパッと明るくなる。
国産豚のハニーマスタードソース、オレンジのグリルも添えてある。
「カワイイヒト……」
囁くような声に、かれんは料理から顔をあげる。
「え? 何ですか?」
「あ、いや、美味しそうだなって」
「ホント、美味しそう!」
今度はかれんからの視線を感じて、天海は顔をあげた。
「ん? どうしたの? じっと手元を見て」
「いや……外科医の〝メスさばき〟ってどんな感じなのかなって思ったりして」
「あはは、面白いこと考えるね」
「食事の時に、こう……なにか考えちゃったり、思い浮かべちゃったりしないのかなぁ、とか? 思って」
「あはは、ないない。外科医はその辺は図太く出来てるんだ。これも美味しい豚肉にしか見えてないよ。なんせ焼いてあるしね! そうだな……生だと……どうかな……」
「やだなぁ、私の方が想像しちゃう」
「あはは! ホント、君って面白いね」
「そうですか?」
くるくる変わる表情に、媚びない態度。
疑問をもったらしっかり聞いて、思ったことは正直に話す。
そんなかれんに天海は興味を持ち、魅力を感じていた。
「そうだ、あれからあの彼には会った?」
「あ……藤田健斗ですか?」
「そう、藤田くん。フルネームで呼ぶくらい親しいの?」
「親しくなんかないですよ、近所だからコンビニでばったりナンテ事もあるんですけど……なんせ、よくわからない人で」
「どういうこと?」
「あの人、この前、私がプロデュースした『ワールド・ファッション・コレクション』にいきなりモデルで出てきたんです!」
「モデル?! 確かに長身でイケメンだったけど。モデルさんだったんだ?」
かれんは首を横に振る。
「それが違うんです、帝央大学の准教授なんですって。絶対に見えないでしょ!」
「ええ?! それは驚きだね。関西屈指の帝大の准教授かぁ、さすがに見えないな」
かれんはイベントで初めて見たときの驚きを話した。
「みんなの前で「初めまして」、なんて言うんですよ! 悪い人だと思いません?」
「ははは、彼は生真面目なのかと思ったら、そんな面白い一面もあるんだね」
「面白くないですよ! 真面目に見えました?! 失礼なことばっかり言うし、私にはいい加減な人にしか見えないんですけど」
「あはは。あの時は兄妹みたいな掛け合いだったもんね」
「掛け合いじゃなくて、口喧嘩ですよ!」
天海は愉快そうに笑った。
「しかし『ワールド・ファッション・コレクション』が君のプロデュースなんてね! さすがに僕でも知ってるイベントだよ」
「ご存知でしたか?」
「うん、うちの若いナースも行ったって話してたしね。じゃあ彼女達は藤田君を見てるかも知れないな。確か、毎年テレビローカルでも放映されてるよね?」
「ええ。来週辺りにオンエアだと」
「大きな仕事を抱えてるんだね。立派な社長さんなんだ! こう言っちゃなんだけど、わりと〝天然〟なイメージなのにね?」
かれんが吹き出す。
「やだ! よく言われます。まあ『ファビュラス』はスタッフがしっかりしてるので、それで成り立ってるのかな?!」
それからも、まるで昔ながらの知り合いかのように話が弾んだ。
お互いの仕事や日常の話に加え、天海は、中学の時からバスケ部に所属し、大きな連休がとれたらNBAを見にアメリカへ行くこともあると話し、かれんは日本のプロバスケリーグのイベントプロデュースの仕事でスター選手のスーパープレイを間近で見たときからファンになったと話した。
音楽の話になって、二人とも古いジャズが好きだというところでも意気投合した。
あっという間に時間が経ってゆく。
「ここでいいの?」
数時間前に声をかけられた大通りで、かれんは天海の車を降りた。
「はい、コンビニに寄ってから帰りますんで」
「ああ、あれが君の〝カレシ〟ね?」
「もう! やめてくださいよ」
「ははは」
「今日はごちそうさまでした。色々お話出来て楽しかったです」
「こちらこそ、有意義なランチタイムを過ごせて楽しかったよ!」
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて、変わりそうに点滅する信号を走って渡っていった。
「あっさりと帰られちゃったな」
そうつぶやきながら、すぐそこにある『Rude Bar』の立て看板に目をやる。
「あ、しまった! 『Rude Bar』に誘えばよかったか……」
天海は微笑みながら車を出した。
「藤田くんの話が一番多かったな。彼はなかなかミステリアスなタイプみたいだ……僕もまだまだだって事か」
病院までの道のりを運転しながら、初めて彼らに会った夜のことを思い出していた。
ハイヒールをテーピングしたりしたっけな、
我ながらなかなか馬鹿げてる。
彼らのやり取りにも思わず笑いが込み上げてくる。
あんなに気持ちが上がったのも久しぶりだと思った。
そして今日、偶然にも彼女に会えて、共に時間をすごし、華やぐ気持ちも感じている。
本当はあの日、カルテをみていた。
名前だけじゃなく、連絡先も住んでいる所も知っていたがアクセスするわけにもいかず、ずっと頭の片隅に彼女が居た。
今日、偶然というラッキーな再会が訪れたことに、心底運を感じた。
「今度、あの日に貸して下さったハンカチ、お返ししますね!」
そう言った彼女の笑顔が目の奥に残っている。
病院の駐車場に到着した天海は、ふと思い立ったように、携帯電話を手にした。
そして彼女の名刺も取り出し、その『ファビュラスJAPAN』という社名の左端に目をやる。
そこに記されているのは、大手『東雲コーポレーション』の社章だった。
東雲の系列会社なら、しっかりした会社だろう。
オフィスも自社ビル内にあるようだし。
そこの社長なら……
文句の付け所はないはずだ。
天海はおもむろに携帯電話を耳に当てる。
「もしもし、母さん。申し訳ないけど、例の見合いの話、断ってもらってもいいか? ああ、ごめんね。なぜって?……ああ……そうなんだ。まぁ、そんな感じだよ。時期が来たらちゃんと会わせるから。じゃあ」
スッキリした面持ちで、車を降りた天海は、ふうっと大きく息をはいた。
「ちょっと本気を出してみるか!」
第16話『ランチデート』 - 終 -