第11話『終演後の挨拶』
全てのイベントが終わり、会場を後にする観客たちに、スポンサーからのフライヤーと記念品を渡し、にこやかに対応しながら送り出す。
来場者数が例年を大きく上回った今回の『ワールド・ファッション・コレクションJapan』
大盛況に終演を迎えたが、全てのゲストが退席するのには、予想よりもかなり時間がかかってしまった。
「あー! だいぶん押しちゃったわね。お疲れ様!」
「ホント、ぐったり……」
控え室で、首の後ろにミネラルウォーターを当てながら体を休める。
「かれん! いるかな?」
ノックと共に葉月の声がした。
「いまーす!」
「モデルたち帰るみたい、由夏が対応してるんだけど、かれんも来てくれる?」
「了解! すぐ行く!」
鏡の前に立って手早く身成りを整え、かれんは控え室から出る。
会場は関係者でごった返していた。
「皆さん、お疲れ様です!」
「あー来た来た、かれん! レイラちゃーん、かれんが来たよ!」
「かれんさん! 今日もありがとうございました。お忙しそうで全然お話できなくて残念でした」
レイラが大きな瞳で微笑みながら、かれんに向かって駆け寄ってきた。
「ホントごめんね! 私、『ワーコレ』の時はホントに余裕ないでしょ……でも、来週のイベントの時は結構時間にゆとりがあると思うんだ」
「じゃあ来週はゆっくりお話出来ますね!」
「うん。あそこのスタジオの近くにレイラちゃんが好きそうな創作料理お店があるの。行ってみない?」
「ホントですか! 嬉しい!」
「良かった!」
「あのさ、盛り上がってるところ、申し訳ないんだけど……」
声の方を向くと、由夏が背の高い男性の腕をぐいっと引っ張りながら、かれんの前にやってきた。
「こちらがこのイベントの総責任者で、『ファビュラス』の社長でもある三崎かれんです。かれん、彼がさっき話してた藤田健斗さんよ。今後もお手伝い頂きたいと思っているの」
彼の視線がかれんに照準を合わせる。
フッと口元を緩めて右手を出した彼は、紳士的に頭を下げて言った。
「初めまして、藤田健斗です」
「え?」
目の奥が笑っている。
かれんは思わず顔を見上げた。
なんなの?! この男!
睨みつけそうになるのを抑えて、かれんも右手を出した。
「三崎かれんです。本日はありがとうございました」
健斗の大きな手は意外にもしなやかで、そして少し冷たく感じた。
手を離そうとすると、あろうことかグッと力を込めてきて、かれんは目を見開く。
か、完全にからかってるじゃない!
藤田健斗め!
会釈をしながらも、その手を振り払うように引き離してやった。
次に会ったら絶対許さないんだから!
そう思いながらも気を取り直して、集まったモデルたちと共に会場の外まで、朗らかに会話しながらぞろぞろと歩く。
前方から順番に出欠を取っていた由夏が、かれんのもとに来て訊ねた。
「かれん、バラシは明日やるんだよね? この後モデルさん達と打ち上げに行くんだけど、かれんはここにまだ用事ある?」
「そうね……今から明日の段取りの打ち合わせをするから、もう少しかかるかなぁ……」
「そっか。じゃあ、後から来れる?」
「ん……どうかな? 本部に報告があるし、今後ブッキングが入ってるとこ何件か連絡しないといけないから……」
レイラがそばに来て言う。
「遅くなってもいいから来てくださいよ。ホントは相談っていうか……色々聞いてもらいたい話もあるんです。絶対来てください!」
「そっか。わかった! ありがとうねレイラちゃん」
レイラはにっこり笑ってバスに乗り込んでいった。
ホント、彼女はかわいい。
ハーフ特有の手足の長さ、しなやかさ、小さな顔に大きな目、それこそまるでバービー人形のようなスタイルでどんな着こなしも演出も出来るのに、ステージを下りたらあどけない女の子に戻る。
一人っ子のかれんは、レイラを妹のように思っていた。
しかし今日は……
そばに藤田健斗がいるとは。
バスの窓からレイラと並んで座る彼が見える。
つい昨夜も見たばかりの、真っ黒なジャージ姿を思い浮かべる。
双子じゃなかったか……
正真正銘の藤田健斗。
よりにもよってレイラちゃんの親戚だなんて……
ホントやりづらいな……
みんなを見送って、一人で控え室に戻る。
本部に報告をしてからパソコンを開き、ここ一週間のスケジュールを確認したあと、それぞれの案件に関して文書を作成したりメールを送ったりしてテキパキと仕事をこなした。
ちょうどいいタイミングで由夏から電話が入った。
「かれん、まだ仕事してるの?」
「今終わったとこ。もうここも空けなきゃいけない時間だしね」
「そうよね、お疲れ様。今から次の店に移るんだけど、かれん、来れそう?」
「うん、行くわ」
「よかった!」
「あ、あのさ由夏、藤……レイラちゃんは?」
「ああ、最後まで居るって言ってたわよ、かれんのこと待ってるんじゃないの?」
「そっか、わかった。なるべく早く行く!」
「じゃあ場所、送っとくね」
「サンキュ、後でね」
そうは言ったものの、藤田健斗がいるかもしれないと思うと、少し気が進まなかった。
昨夜と同様、人気のない電車の窓から夜景を見ながらも、かれんは憤然としていた。
アイツ「初めまして」って!
それって知らないふりしろって事でしょ?
ああ、ホントやりづらい……
行かなきゃダメかな……
スマホが振動して、由夏から二次会の場所がメールで届いた。
えっ! この店は……
第11話『終演後の挨拶』- 終 -