第10話『驚きの事実』
『ワールド・ファッション・コレクションJAPAN』のイベントの時間、大手化粧品メーカー『Allurer』のブースには観客が詰めかけていた。
有名モデルのレイラの登場に多くのカメラが向けられ、シャッターの音に包まれる。
その隣には彼女をエスコートするように藤田健斗の姿があった。
声をかけられる方を向き、レイラと二人して笑顔を作るなかで、耳元で囁く仕草をしながらも健斗は皮肉めいた声を発する。
「おいレイラ! いつまで続くんだ?!」
「そんなこと言わないで、スマイルスマイル」
「俺はお前みたいなプロじゃないんだぞ!」
「フフフ……」
二人の視線が絡み合い、さらにシャッタースピードが増す。
「う……眩しい! もうマジで勘弁してくれよ!」
笑顔とは裏腹に、彼は辟易としていた。
どこを見回しても人の波、そしてずらりと並んだ顔から視線が突き刺さる。
「はぁ……ホントお前、よくこんな仕事やってんな?! 俺には到底無理だ」
「こちらに視線をお願いします!」と言われ、また笑顔でレイラの肩に手を置いたり、にこやかに体を寄せたりした。
「おい! 終わりにようぜ」
「あら? 健ちゃん、もうギブアップなの?」
「ああ、ギブアップ! とっくにな!」
「ふーん、今日はやけに素直ね。セ・ン・セ!」
「おい! 何がセンセーだ! ふざけんなよ!」
「フフフ……」
「レイラ! 笑ってんじゃねぇ!」
「フフフ……」
「……ったく!」
ひきつりそうになる表情を保って、観客席を見回すように顔を上げた。
ずらっと並ぶ観衆の向こう側に、見覚えの顔があったような気がして、目を凝らす。
ん?
慌てて視線を戻すも、もうその姿を見つけることはできなかった。
「はい、では撮影はここまでとさせていただきます。レイラさん、ありがとうございました! 皆さまもありがとうございました!」
多くの拍手の中、会釈しながら『Allurer』のブースを後にする。
健斗は辺りを見回した。
一瞬だったが、目に留まった女性の顔を探す。
しかし、どちらを向いてもその姿はなかった。
「ほーら健ちゃん、行くわよ!」
「ああ」
彼女の名前は……
あ、そうそう!
「三崎かれん」
レイラがその声に振り向く。
「え?」
「いや、何でもない。行こう」
かれんは『ファビュラス』のスタッフルームに、由夏を探しに来た。
「お疲れ様。今、由夏はどこにいるかわかるかな?」
「あ、由夏さんだったらステージ脇にいるんじゃないですかね?」
「そっか、ありがとう!」
観客は今は協賛ブランドのブースに集まっている時間帯だった。
由夏はきっとステージ周りに入って、カメラや照明のチェックなどをしているに違いない。
「あ、いたいた。由夏!」
「ああかれん、お疲れ様。どうよ今日のステージ。大成功でしょう? やっぱり私、自分の勘に自信持っていいわよね!」
「あ……あの准教授のこと?」
「そうそう、それ! アタリもアタリ、大アタリでしょ?! 我ながらよくぞ見つけたなと思うわ!」
「ねぇ、あの人……ホントに准教授なの? そうは見えないから」
「でしょう? そこがまた良いのよね! でもさ、口説くのがホントに大変だったんだから! なんせ乗り気じゃない雰囲気が全開でさ」
「……そう」
「さっきかれんも見た? 『Allurer』のブースでレイラとカップリングしたの。アレ、きっとネットニュースになるわよ! 『Allurer』の広報の人たちにもお礼言われたんだから! 絶対バズるわね!」
「あの二人は知り合いだって葉月も言ってたけど、もしかして……」
人前であんな雰囲気を出せるんだもん
やっぱりコイビト……とか?!
「そうなの! 彼とレイラ、親戚なんだって!」
「し、親戚?!」
「そう、従兄妹なの。そんな偶然ある?! さすがに私もそこには驚いたんだけどさ、まぁなんとなく血統は感じるよね? そこが私のアンテナにビビッときたのかも! しかも、レイラは彼と同じ大学にも通ってるそうよ」
「え! 親戚で教え子?」
「うん。専攻は違うらしいけどね。なんか面白いでしょう?! ホント、我ながら鼻が利くなぁと思って! これからも彼、絶対に離さないわ!」
かれんはまた頭がくらくらする。
「あ、あのさ由夏、何度も聞いて悪いんだけど……本当にあの人、帝央大学の准教授なの?」
「そうよ! 二十九歳の若き准教授。なのにあの風貌! ステージ映えもハンパないでしょう?! レイラとのツーショットもサマになってたし、次のステージの時にカップリングで出てもらおうと思ってるの。メンズメーカーからのオファーも絶対来るはず! ほんとワクワクしちゃうよね! じゃあかれん、またあとでね!」
「あ、由夏……」
由夏は興奮して一気に喋ってモデル控え室に帰っていった。
かれんは混乱した頭を静めたくて、またスタッフルームに足を向け、がらんとしたその空間でしばし佇む。
昨日もコンビニで偶然出会ったあのイヤミな藤田健斗が、今日はモデルで登場?!
そして彼は帝央大学の准教授で、教え子がモデルのレイラで、さらに二人は親戚同士で?!
……もう訳がわからない。
何より、あの見違えるほどの風貌。
もはや同一人物とは思えない。
だって藤田健斗は良心からとはいえ自分を突き飛ばし、病院に行っても皮肉めいた発言ばっかりのイヤミなオトコ。
近くの怪しいおんぼろアパートに住んで、コンビニではジャージにスリッパみたいな姿で……
そんな彼があんな紳士的にレイラをエスコートしてるなんて……
やっぱり信じられない。
「かれんさん、ここに居たんですね! もうじき次のタームなので、お願いします!」
スタッフのその声にビクッとする。
「あ、はい。すぐ行きます!」
かれんは頭を切り替えて、会場に向かった。
ショーが始まる前に各ブース担当者に現段階の状況を聞いて回り、チェックを済ませてメインステージに移動する。
「それでは再びレイラの登場です。エスコートはナント彼女の先生!?」
ショーのMCにどよめきが起きながらも、洒落たBGMと共に二人が登場すると会場から歓声が湧き上がった。
「トレンドを華やかに演出する、『Frances Georgette』の秋のスタイルは、大人のモードを意識したフレンチスタイルを軸とした、フォーマルライクなテイストで。少し重めのレングスで秋を存分に満喫します」
かれんは視線を向けたまま、ゆっくりステージに近づいて行った。
二人がランウェイの先端に止まる時、歓声が最高潮に達する。
彼がレイラを引き寄せ、視線を合わせた。
さらにボルテージが上がった観客の歓声をトップでひとしきり浴びた後は、ステージ周りに彼とレイラはそれぞれに笑顔を振りまく。
完璧なディレクションだわ。
大したものね…
半ば呆れ気味に見ていたかれんに、ステージ上の彼は気付く。
やっぱりあの女だ、関係者なのか?!
バチッと視線が合って、彼女の口が動く。
ふ.じ.た.け.ん.と
間違いない、あの女だ。
そう確信してニカッと笑顔を向けてみるも、彼女は睨み付けるような視線を向けて、パッと踵を返し、ブースの方に歩いて行った。
はぁ?! なんだアイツ!
第10話『驚きの事実』- 終 -