6 めでたしめでたし(その4)
それから、二日後。
俺は金太郎の茶店に来ていた。俺と金太郎の他に、犬猿雉や、姉貴のかぐや姫もいて、のんびりお茶をすすっている。
「えっ。裁判って、あの裸の王様の? もう裁判が始まってるの?」
姉貴が言った。俺は何気なく答える。
「ああ。アリスのとこの城の中でね。魔法の鏡のやつが、王様がやってきたことは全部知ってたから、早いもんだよ。まあそれでも、かげでやってた悪事の数が半端じゃなく多いから、裁判は時間かかるだろうな」
「『悪魔にそそのかされた』とか『全部悪魔がやった』とかっていうのは、どうなの? 王様はそう言ってるらしいけど……」
金太郎が俺にたずねた。俺は鼻で笑う。
「ハッ。ただの責任逃れだろ。いわく付きのビンを、わざわざ新たにコインまで作って手に入れようとしたのが、事の始まりなんだし」
雉と猿が言う。
「それもこれも、あの時王様が言っていた通り、人から、あがめられたいがため、だったんだろうね」
「最強決定戦などというものを開いて、選手をあやつり人形にしていったのも、同じじゃな。強い者を周りにはべらせれば、おのれ自身が尊敬されると思ったのじゃろう。『虎の威を借る狐』じゃ」
……そうだ。あのデカいガキは、自分が認められたいがため……、自分の望むように、周りに自分を思ってほしいがために、行き着くとこまで行き着いちまったんだ……。
……同じだ。俺も。デカいガキだ……。裸の王様だ。
姉貴が、どこか澄ましたような目で、俺を見ていた。俺があわてて視線をそらすと、姉貴はやけに大きな声で周りに言った。
「そう言えばさあ、聞いて! アリスちゃんと言えばさ、昨日はあたし、大変だったのよ~? こいつのこと引き連れてさ、みんなにおわびに回ってたんだから! アリスちゃんのとこでしょ、ドロシーちゃんのとこでしょ、孫悟空たちのとこでしょ。道行く人にも、会うたびに頭下げてさ……!」
三匹はおどろいて顔を見合わせた。猿が言う。
「それはそれは……。本当に、すまぬのう、姉君。本来ならば、わしらが……」
言い終わらないうちに、姉貴は大げさに手を振って言った。
「姉じゃないしっ! ……けど、この卑怯者とも、長い付き合いだからさ。放っとくと、そのまま何事もなかったみたいにするに決まってるもん」
ぐ……。たしかに、姉貴が鬼の形相で命令しなかったら、そうしただろうな……。
姉貴は続けて言う。
「みんな一応ゆるしてくれたみたいで、一安心よ……。ところであんた、ここにいる、犬猿雉さんと金ちゃんには、ちゃんと謝ったんでしょうね?」
「えっ、いえっ、かぐや姫さんっ、ぼくは別に……」
金太郎が言った。その言い方だと、謝ってねえってバレバレじゃねえか……。俺はぶっきらぼうに言う。
「……今日ここに来て、謝るつもりだったんだよ……。けど、普通におしゃべりしてたから、言い出しにくくて……」
大きく、あるいは小さく、俺以外の全員が、口を結んで鼻から息をついた。俺は静かにお茶を置くと、一呼吸してから、低い声でこう言った。
「……犬、猿、雉。それから、金太郎も……。それに……、姉貴も。……すまなかった。……その、いろいろと……。俺がまちがってた」
頭を下げて、起き直った時、みんなが、ふっとほほえんだように見えた。
それから犬が、声をやや高くして俺に言った。
「きみはあの時も、最後の最後までおいらたちをだまそうとしたもんなぁ。王様に寝返ったふりしてさ」
「あれはっ……。敵をだますには味方からっつうやつで……」
俺は取りつくろったが、犬はここで、うなだれるようにして言った。
「……『汚らわしい畜生』とか、『負け犬』とかって……。思い切り蹴るし……。うう……。嘘にしたって……」
「悪かった! 俺が悪かったよ! 泣くなっ! ゆるしてくれ! そうだっ! 俺がキビ団子作ってやるよ! 一日かかっても食い切れねえくらいにっ!」
俺はあわてて言った。が、ふと見ると姉貴や猿、雉、そして犬も、金太郎までもが、なにやら笑いをこらえている様子だ。間もなく、犬は声を上げて笑った。
「あははははっ! だまされた! 嘘泣きだよっ!」
猿も笑った。
「キキキッ! 内心あの時、おぬしの演技がばれやせぬかと、わしらは肝を冷やしておったわい! 小猿のことも気づいておったしな!」
雉も笑って言う。
「フフッ! ボクたち三匹、キミのペテンに協力してあげたのさ! どうだい、桃太郎っ? ボクらもいろいろ、悪知恵が働くだろう!」
俺は顔を引きつらせ、だまってお茶を喉に流しこんだ。
「アッ! 熱っ……!」
子供の大はしゃぎするような笑い声が、この童話界の片すみにひびきわたったのだった。