6 めでたしめでたし(その2)
沙悟浄は俺たちをかかえたまま飛び、まっすぐ正面からバルコニーへと向かう。そうして開いたバルコニーの戸口に、俺たち四人を放りこんだ!
「ヒッ! 桃太郎だっ……!」
裸の王様がさけんだ。
「捕らえよっ! みなの者っ、すぐに連中を捕らえよっ!」
バルコニーの内側は、すぐに例の大広間だ。俺は犬たちと共に床を勢いよく転がりながら、すばやく辺りを確認する。王様は一番奥。魔法使いが五、六人いて、ドン・キホーテやアリスたち、それからライオンやロバが何頭もいる。
が、次の瞬間には、それらの姿は見えなくなった。この俺が、広間中を包みこむほどの、大量の煙玉を放ったからだ!
「ゴホッ! ゴホッ……!」
王様がせきこむ音が聞こえる。他の連中も身動きできずにいるようだ。わめき声も聞こえてくる。
「ゴホッ……! 魔法使いよっ……! 煙を消せっ……!」
王様が言った。するとどこからともなく風が巻き起こって、広間に満ちていた煙が消え去った。そして――。
「桃太郎っ……! 嘘だろうっ……?」
犬が言った。続けて猿も言う。
「これはいったい……。よもや、おぬしっ……!」
犬・猿・雉は、しばられていた。煙にまぎれて移動すると言っておいて、俺が三匹とも、手足を縄でしばったのさ……!
「まさかキミッ……。どういうことだっ? 桃太郎っ! 答えろっ!」
雉もどなった。俺はだまって立ち上がり、冷めた笑みを浮かべて三匹を見下ろす。
さすがの王様もとまどっているようで、あやつられた連中も動こうとしない。犬猿雉は俺の名を呼んだりわめいたりしていたが、俺はそれを無視し、ゆっくり王様の方に向き直って、こう言った。
「……王様、俺は敵ではありません。あなたの味方……、いいえ、家来と思っていただきたい」
ランプや銀の靴や怪しげなビンをかかえてちぢこまっていた王様は、表情をゆるめて俺に言った。
「そなた……。えー、桃太郎……。いったいこれは、要するに、どういうことなのだ?」
俺は床にひざまづいて言う。
「……孫悟空どもが陛下を襲おうとしているのを知って、俺はニセの作戦をやつらに吹きこんだのです。やつらはだまされているとも知らずに、俺をここまで連れてきてくれました」
犬たちが息をのんだのが分かった。俺は続けて王様に言う。
「やつらの言ったことですが、陛下は打ち出の小槌をお持ちとか。それを使って、俺に、あの孫悟空のような力を授けてください。今度こそ確実にヤツを倒し、反逆者どもを一網打尽にしてみせます。他ならぬ、陛下のおんために……!」
王様はにんまりと笑ったが、犬たちは大声で言った。
「嘘だっ! また嘘なんだろうっ、桃太郎っ!」
「おぬしはすでに、目を覚ましたはずっ!」
「裏切ったふりなんだろうっ? ボクらは信じてるぞっ!」
俺はかがんだまま、足を伸ばして三匹を蹴り飛ばし、大声でどなりつけた。
「だまらねえかっ! この汚らわしい、畜生どもがっ! てめえらみてえな負け犬どもといるのは、うんざりなんだよっ! 俺は憎い孫悟空のやつらをブッ殺して、晴れて勝ち組の仲間入りを果たすんだっ!」
犬たちは床にはいつくばったまま、声を上げずに涙を流した。一方、王様は笑いながら、こちらへと近づいてくる。
「フハハハハ……! 桃太郎……! まさに、余の友よ! そなたこそまさに、もののふの名にふさわしい! 余はひそかに、そなたを気に入っていたのだ……! 首尾よく抵抗勢力を倒した暁には、これはもう、えーこれはもう、余がそなたを、かのセイタイショーグンに任命してつかわそう!」
征夷大将軍のことか? 要するに、頼朝とか家康と同格ってことだ。俺は一層かしこまって返事をする。
「ははっ! ありがたき幸せっ!」
王様はかかえた魔法の道具の中から、打ち出の小槌を出しつつ言った。
「桃太郎、立つのだ。それから後ろを向き、バルコニーに出よ」
「……は……?」
「ここで巨大化しては、余の城が壊れるではないか。表まで出るのだ」
「……なるほど。かしこまりました」
俺はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。王様もすでに近くまで来ている。魔法使いの連中は、いつでも魔法を使えるように杖を突き出していた。
俺は王様に背を向け、バルコニーの方へと歩く。外では悟空たちの激しい戦いが続いている。後ろの方からは、犬たちのすすり泣く声が聞こえていた。
そうしてバルコニーに出たところで、王様は笑って俺に言った。
「フハハ……。桃太郎。そこでひざまづくのだ……! もはや、妙な動きをしようとしても無駄だぞ……? そなたは余に、だまされたのだ……! まず、そなたを魔法で奴隷にする。そしてその後で、そなたの望む力を与えてやろう……! これでまさに、めでたしめでたしだ……!」
「何っ……!」
俺は小さくさけんだ。犬たちもふたたび声を上げる。
「桃太郎っ!」
「ひざまづくのだっ!」
王様がどなった。魔法使いが魔法を放ったらしく、俺は振り向くこともできず、バルコニーの床に両ひざを突かされた。そうして俺の背後から、王様は低い声で言った。
「それでは余が、まさにこの世界の王である余が、そなたをいわば、最強の兵士に、まさに、余のための最強の兵士にしてやろう……!」