6 めでたしめでたし(その1)
「さ~あ、息をのむ人質交換が行われ、試合は仕切り直しとなったわけですが~……。両チーム、どうも先ほどまでの勢いがありません」
魔法の鏡の実況が言った。その声は空の上からではなく、俺が手にしている小さな鏡の中から聞こえている。俺と犬猿雉は西遊記の龍の背に乗せられて、孫悟空らと共に、猛スピードで城へと飛んでいる最中だ。鏡は更に言う。
「逃げ隠れしながら戦う桃太郎チームに対し、西遊記チームは孫悟空が敵を追い、沙悟浄や龍が三蔵法師を守るという展開。しかし桃太郎チーム、すでに大砲も撃ちつくし、万策つきてしまったのでしょうか~? これまでのような悪魔じみた手が出てきません! 一方の西遊記チームも、ダメージと疲労が激しいのか、術らしき術を見せません……! どこか缶蹴り遊びのような雰囲気さえただよっています!」
むうっ……。実際に火焔山で戦っているのは、二チーム八人の全員が、悟空の毛から作った分身が化けたものだ。簡単な指示は出しておいたが、しょせんは俺のような頭脳があるわけでもないし、悟空の術をすべて使えるわけでもない。体も本物よりいくらか小さい。どうしても、おままごと感が出てしまっている……。長くは持たねえ……! 早く城へ着かねえと……!
「いやはや~、観客たちの間にも、退屈感が広がっているようです。王様、いかがでしょう?」
「……ムニャムニャ……」
「……これは王様っ、なんと、寝ていますっ……! ゆるんだ顔を一層ゆるめながら、何やら寝言をもらしている……!」
「ハッ……! えー……、余はまさにっ、この世界の王でありますから、余がいわゆる居眠りをしていたというご指摘は、まったく当たりません」
チッ……! ずっと寝てればいいのによ……!
「王様、試合の方はどうも進展がないようなのですが、これはいかがでしょう?」
鏡がたずねると、王様は少ししてからこう言った。
「えー……。おっしゃる通り、進展が、ございません。……つきましては、えー、この状況において、あの『策士』桃太郎が何をしているのか、まさに彼が、隠れながら何かをしているのか、あるいはそうでないのか、それを鏡に映してみるのが、みなさま方にとっても良いだろうと、こう考えるしだいでございます」
なんだって……? それって、まさか……。
「なるほど~。もっともです。それでは王様、お願いします」
すると王様は、魔法の鏡に言ったのだ。
「鏡よ鏡よ、今現在の、桃太郎の様子を映せ」
次の瞬間、やつらに動揺が走ったようだった。俺の持つ鏡の映像も切りかわっている。そこには、この俺の、龍の背に乗り空をかける姿が映っていた。
俺の後ろの犬が、それを見てうろたえる。
「桃太郎っ……! これって……! おいらたちがっ、あそこじゃなくて、ここにいるって……! あそこのおいらたちはおいらたちじゃなくって、このおいらたちはこのおいらたちでっ……!」
魔法の鏡は真実を映す。俺は周りで飛んでる他の連中にも聞こえるように、大声で言った。
「ああそうだっ! ばれたっ! あのバカにばれたぞっ! もっと飛ばせっ!」
魔法の鏡からは、王様や観客の、言葉にならないような声も聞こえている。鏡が大声で言った。
「これはおどろきましたっ! なんと桃太郎たちっ、試合の舞台であるはずの、火焔山にいませんっ! 空を飛んでいますっ! 彼がまたがっているのは、あの西遊記チームの龍です! 周りに孫悟空や猪八戒の姿も見えます! 両チーム、これは空中で戦っているわけではなさそうです! 彼らはすでに、試合をしていませんっ! 二つのチームが、共にどこかを目指して、全速力で空を飛んでいます! 観客たちにも、どよめきが広がる! 王様っ、これはいったい……」
ガシャンッ! ピキッ……!
「痛っ……」
激しい音がして魔法の鏡が声を上げたかと思うと、それっきり、手元の鏡は何も映さなくなった。多分、王様が大元の、あの実況の魔法の鏡を、割ったか止めたかしたんだろう。俺の後方から、猿が笑って言う。
「キキッ! あの愚かな王にも分かったようじゃの。わしらがどこに向かい、何を成そうとしておるのかが……!」
八戒や沙悟浄の表情が曇る。しかしその時、先頭を飛んでいた孫悟空が言った。
「見えたぞっ! 王様の城だっ!」
俺たちの眼前に、シンデレラの城よりも眠り姫の城よりも、ひときわバカデカくて目立つ大理石の城がせまっていた。俺は大声で一同に言う。
「作戦その二で行くぞっ! てめえらっ、気合入れろっ!」
俺たちは城の敷地内に突っこんでいった。すでに王様の命令が出ていたようで、スズの兵隊やトランプの兵隊が大勢外に出ており、こちらに向かって銃や矢を放ってきやがった。
龍や悟空たちはそれをかわし、中庭の上空に出る。観客たちは俺たち、特に龍の姿を見ると、青い顔をしてうろたえだした。八戒が三蔵法師を地面に降ろす。そこで三蔵法師は、大きな声で観客たちに言った。
「みなさん、落ち着いてください! 彼らは私たちの味方ですっ! 大会はやむをえぬ事情によって、一時中止となりました! 落ち着いて、すみやかにここから城の外へ出てください! あちらでくわしい事情の説明を……」
ハハッ。三蔵法師も嘘がうまいじゃねえか。観客たちがいぶかしみながらも動き始めた、その時。
「出やがった! ランプの魔神だっ!」
俺は声を上げて言った。城のバルコニーの戸口から押し出されるようにして、ランプの魔神が中庭に出てきたのだ。その姿はみるみる巨大化し、まるで鬼のような顔付きで俺たちをにらみつけた。
「あっ! ピーターパンッ……!」
八戒が声を上げた。ランプの魔神のかげから、空を飛んであのピーターパンも出てきたのだ。しかし八戒は続けて言った。
「ややっ、あの目つきはっ……。兄者っ! ピーターパンも、ありゃあ王様にあやつられてるっ!」
どうやら悟空が言っていた通り、すでに大会出場者以外にも、王様の魔の手は伸びているようだ。悟空がさけぶ。
「俺が魔神の相手をするっ! 八戒っ、お前はピーターパンを食い止めろっ!」
言い終わるやいなや、悟空は巨大化し、三つの顔に六本の腕の姿となって、ランプの魔神に打ってかかった。八戒もふたたび雲に乗って飛び上がる。下では三蔵法師が必死で観客たちを出口へ誘導しているが、連中はすでにパニックだ。城の中からは、更にグリフォンや大ワシ、鳥人間も飛び出してくる。そして……。
「ロック鳥……! あれの相手は、私がします……!」
龍が言った。天の上から、あの巨大なロック鳥が降下してきたのだ。龍は怒涛の勢いで空をかけ上り、巨鳥に向かっていく。
その間、俺と犬猿雉は沙悟浄にかかえられて、城の上空を飛びながら、飛んでくる銃弾やグリフォンの攻撃をかわし続けていた。
銃や矢は、悟空や龍にも浴びせかけられている。悟空と魔神の天地をゆるがすようなすさまじい戦いは、双方互角。全体で見れば、俺たちが苦しい……。と、その時。
「空いたっ! バルコニーが空きましたよっ! 桃太郎っ、準備はよろしいかっ?」
飛びながら沙悟浄が言った。ランプの魔神の体で隠れていた城のバルコニーが、今や見えるようになっている。俺は犬たちの顔をちらりと見た。すでに俺たち四人とも、覚悟は決まっている……!
「いいぜっ! やってくれ!」