5 西遊記(その3)
そして次の瞬間。なんと、三蔵の乗っていた馬が、大きな龍に姿を変え、空へと舞い上がったのだ……!
ぐ……! しまった~……! そうだっ……! あの馬はもともと、龍の子供が変身していたんだった……! 話の中では、ほんの何回かしか元の姿にならない……! けどそれは、悟空も八戒も敵にやられて、いよいよ全滅しそうになった時だけなんだ……! つまりあの馬、いや、龍は、俺が買収した八戒より強いってこと……! 完全に裏目に出やがった……!
三蔵法師を背中に乗せ、龍は空の高い所にとどまっている。すでに犬たちの矢も、こちらの大砲も届かない高さ。雉が飛んでいったところで返りうちだ。
「桃太郎ーっ!」
と、ここで孫悟空が、筋斗雲に乗って俺の方まで飛んできた。ぬぅっ……! 食らえっ!
ドォンッ!
俺は至近距離で、悟空に向かって大砲をブッ放した! が……!
「桃太郎っ! あんたの負けだ! 観念しろっ!」
弾が当たったと思った時には、すでに悟空は巨大化していやがった……! 例の、三つの顔に六本の腕の化け物姿だ。こんなのに大砲なんて効くわけない……! かくなる上は……!
「なっ……、何ぃっ……! あんたも、巨大化の術を……!」
悟空の野郎がおどろいて言った。ハハッ……! そうだ! 目には目を……! 巨大化には巨大化をっ!
なぜ俺が巨大化なんてできるかって? キノコだよ! アリスのキノコさ! アリスチームが降参宣言した後、俺はアリスの具合を見るふりをして、彼女のポケットから、こいつをくすねていたのさっ! もちろんこれも、昨夜のうちからここに運びこんである!
「こいつめっ!」
悟空がさけびながら如意棒を振りかぶる。が、俺は左手で脇差をひねりながら逆手に抜き、倒れこむようにしてヤツに斬りつけた!
「ぐっ……!」
うめき声を上げたのは、孫悟空だ。俺が最短距離で放った刃が、ヤツの鎖骨に食いこんでいる。一方、悟空の如意棒は空振りだ。
そして、次の瞬間。
「ううっ……! こんなっ……! そんなっ……」
孫悟空はうろたえだし、その声はしだいに小さくなっていく。声だけじゃない。巨大化していたヤツの体が、みるみる小さくなっているんだ……!
これこそ斉天大聖孫悟空の弱点だっ! 『西遊記』の最初の方に書いてあったぜ! 鎖骨を突き刺されると、変化の術は一切使えなくなるってな!
「終わりだっ!」
俺は大声でそう言うと、すでにひざ丈よりも小さくなっている孫悟空を、両手でわしづかみにした。さすがの悟空は見た目の大きさ以上の力で抵抗するが、その間にもまだヤツの体は小さくなっている。すでに如意棒もうばった!
「アッハッハッハッ!」
俺は大声で笑った。今や悟空は親指姫より小さな姿で俺の左手に収まり、頭だけを出している。俺は空を見上げて、三蔵法師と龍に言った。
「三蔵法師よ! 降参しろっ! 話の中じゃ、こうなっても悟空には傷を付けられないらしいが、それがホントかどうか、試してやろうかっ?」
しかし、空のどこにも、龍の姿はなかった。俺があわてて、はるか下の地面に目を向けると、ちょうど三蔵法師の声が聞こえてきた。
「あなたこそ、悟空を放しなさいっ! 桃太郎っ! あなたに、供の者を思う心があるのなら!」
なっ……! ううっ……!
見れば三蔵と龍は地上に降りていて、沙悟浄も起き上がり、俺の仲間の犬猿雉の体を、龍の尻尾がぐるぐると締めつけていやがったんだ……!
「このっ……、クソ坊主どもがっ! 汚ぇぞっ! そうまでして勝ちてえかっ!」
俺は声を荒らげて言ったが、三蔵法師は落ち着きはらって答える。
「桃太郎。あなたにとやかく言われる筋合いはありません。もともと私は、悟空がどうしても大会に出たがったため、この世界にも娯楽は必要だろうと考え、また、彼がやりすぎた場合にはそれを抑えるつもりで、出場を決意したのです。それが……、よもや悟空以上の問題児が現れるとは……。あなたのような者が勝てば、その心は一層増長してゆがみ、悪にかたむくことは必定。私はあなたを勝たせるわけには参りません」
「坊主らしくごちゃごちゃ説教かよっ? 一番弟子の孫悟空がどうなってもいいのかっ!」
俺がどなると、三蔵は犬たちを指差した。三匹ともうなだれて、口を開こうともしていない。
「あなたこそ、気はたしかですかっ? 彼らはあなたの仲間でしょう?」
「ハッ! 俺が悟空を放さなかったら、どうするんだよ? ええっ? 殺すのかっ? あわれな獣を、坊主が殺すのかよっ!」
俺がそう言うと、三蔵は間を置いた後、声を低くして答えた。
「……観音様にお頼みして、生きたまま地獄に連れていってもらいましょう」
「てめえっ! それでも僧侶かっ!」
俺は目と歯をむいて坊主をにらむ。やつらの方でも、俺を見上げてじっと見つめる。
が……。やがて、どういうわけか、やつらは急にうろたえ始めた。なんだ……?
「……分かりました。そうしましょう……。あなたは悟空のところへ……」
三蔵法師はそんな風に言ってから、龍や沙悟浄とひそひそ話し始めた。巨人の俺を前にして……。なめてんのかっ……?
と、その時。俺の手の中で声も上げずにいた悟空が、なにやらブツブツしゃべり始めたのだ。
俺に話してるんじゃあない。……よ~く見ると、悟空の周りにハエが一匹飛んでいて、ヤツはそれに向かってしゃべっている。ハハッ! 負けたショックで、頭がやられちまったようだな!
俺がそう思った、その時だった。悟空の周りを飛んでいたハエが、俺の耳元まで上がってきたかと思うと、こんな風に声が聞こえてきたのだ。
「……だんな、表情を変えねえように。おいらは八戒だ。豚の猪八戒。へへっ、ダイヤありがとうよ」