5 西遊記(その1)
西遊記対シンドバッドたちの戦いは、風車の立ち並ぶ丘で行われた。
試合開始直後、鳥人間がシンドバッドを背負って空に舞い上がり、同時に巨大なロック鳥に指示して、孫悟空たちを襲わせた。
が、西遊記チームは三蔵法師以外の全員が、雲に乗って空を飛べるんだ。八戒と沙悟浄が坊さんを守り、そして悟空はというと、三つの顔に六本の腕を持った姿となって巨大化し、正面からロック鳥とやりあった。
こうなるとロック鳥のバカデカさもかすんでしまい、やがて悟空の如意棒にたたき落されちまった。シンドバッドと鳥人間はいったん逃げようとしたが、悟空と八戒に追いこまれ、少し抵抗したかと思うやいなや、ブッたたかれて気絶。西遊記チームの勝利だ。
こうして、分かり切っていたこととは言え、決勝では俺たちのチームと西遊記チームが戦うこととなった。試合は、明日の午後だ。
夜遅く、俺は一人で姉貴のかぐや姫の所へ行った。姉貴が月との行き来に使っている、空飛ぶ牛車を借りたかったからだ。
が、俺が姉貴のこっち用の屋敷を訪ねても、手伝いの女が出てくるだけで、姉貴には会わせてくれなかった。女が口をすべらしやがったので、いるのは分かっている。なのに姉貴自身が、俺に会おうとしないらしいのだ。
俺はいったんあきらめたふりをし、時間を置いて、屋敷に忍びこんだ。たかが牛車だ。減るもんじゃないし、今夜使うわけでもないだろう。だまって借りてくぜ。
そうして、俺が牛車を探し出し、牛にまたがろうとしていた時だった。
「……あんた、それ使って今度は、何するつもり?」
姉貴の声が聞こえてきたのだ。見れば屋敷の一室の戸が開いていて、そこに姉貴が立っている。俺はぶっきらぼうに言った。
「おう、ちょっとな。借りるぜ、姉貴」
「待ちなさい」
姉貴が言う。
「……ねえ、あんた……。本当に、次は何をするつもり……? 分かってるの? 今じゃあんた、童話界一の卑怯者呼ばわりされてるのよ?」
俺は鼻から大きく息をついた後、姉貴に言った。
「……それが俺の戦い方……。古代のもののふの戦い方だ……。あのヤマトタケルだって、女装してだましうちしたりしてただろ? いやっ、義経だって信長だって、常識を打ち破る手を使って、勝っていったんだ! それが戦だっ! 勝つことがすべてだ!」
姉貴はだまって俺を見つめていたが、やがて声を落として言った。
「……桃太郎……。戦だと思ってるのは、あんただけなのよ……? ここは童話界……。下界の、子供たちのための世界なんだから」
「そもそもここはっ、俺の居場所じゃねえんだよっ! 下界のガキどもの、まちがったイメージのせいで、俺はこんな所にいさせられてんだっ! あんただって、なんで俺に大会のことを知らせたっ! 俺が手段を選ばねえってことぐらい、最初から分かってただろっ!」
俺がどなり声を上げると、姉貴はうつむいた。
「……あたしはただ……。いつもくすぶってるあんたが……、少しはやる気、出してくれるかな、って……」
それから間を置いて、姉貴は俺に、こう言った。
「……あんた、子供は嫌い……? 自分が子供のお話の登場人物なのが、そんなに嫌なの? 鬼退治は実際の古代の戦で勝つより、そんなに名誉で劣る……?」
姉貴は、すがるような目をして俺に言う。
「子供のおとぎ話の主人公だっていいじゃない……! あんたは日本人ならだれでも知ってる、日本のだれもが人生の最初に出会う、奇想天外で勇敢なヒーローなんだよっ?」
……俺はしばらく、何も言えなかった。姉貴もだまって俺を見つめる。
やがて、俺は視線をそらして、吐き捨てるように言った。
「フンッ。子供なんか好きじゃないね。ガキなんてどうだっていい。それに最近じゃ、俺は『鬼から財宝をうばった侵略者だ』なんて言われたりしてんだぜ? あの福澤諭吉だって言ってる」
「そんなのは一部の人の、ひねくれた物の見方よっ。それに、実際あんたはっ……。そうよ、あたしはおぼえてる……! あんたは最初にこの童話界に現れた時……。『鬼退治で手に入った』って設定の財宝が突然付いてきたのを嫌がるあまり、この世界の貧しい子たちに、全部あげちゃってたじゃない……!」
そんな昔のことを……。ぬうっ……! そんな昔のことが……、今更なんだって言うんだ……!
「ハッ! 知るかっ!」
俺はそう言い放つと、牛車の牛の背にとび乗った。
「あっ! 桃太郎っ! 桃太郎っ……!」
姉貴が桃太郎と呼ぶ声は、しだいに小さくなっていった。空飛ぶ牛車は俺を乗せ、またたく間に夜空をかけ上がっていった。