4 オズの魔法使い(その3)
俺は何気ない口調で、ドロシーに言う。
「姿が見えないと言えば、だ……。あんた、あの小犬はどうしてるんだ?」
「えっ……。トトのこと? 家で大人しくしてるはずだけど……」
ドロシーはとまどいながら言った。俺はにやりと笑って言う。
「あー、そうだ、トトだ。書いてあったもんな。……で、今は、本当に、家にいるのかな……? どっかよその、知らない所に連れられてるんじゃなくって……」
ドロシーの表情は、一瞬で青ざめた。
「あなたっ……! どういうことっ? まさかトトをっ……! あの子を誘拐したって言うのっ?」
かかった……!
「知らねえよ。誘拐? あんたがそう考えただけだろ? でも仮にもし、俺がそんなことをしたっていうなら……、その子の運命は、俺しだいってことになるのかな……?」
「そんなっ……! お願いっ! トトにひどいことしないでっ! お願いっ! あの子を助けてっ! なんでもするっ! わたしなんでもするからっ!」
パニック状態のドロシーを、かかしが押さえて言う。
「落ち着けドロシーッ! 誘拐なんて嘘だっ! 本当ならこいつは、こんなにぼろぼろになる前にっ、試合の前とか開始直後に言ってくるはずだろっ?」
「でもっ……! 『トトって書いてあった』って……! この人は家に入ってるのよっ? あの子がっ……! あの子がっ!」
ドロシーは泣きながら言ったが、かかしは声を荒らげて言う。
「ちがうっ! 名前を言ったのは君だしっ、犬の名前くらい、普通はどこかに書いてあるっ! 全部こいつの嘘だっ!」
その通り、嘘だ。さすがは知恵第一のかかし。だが、もはや少女に、その言葉は届かない……! あの犬こそ、こいつの心の、より所なんだ……!
「わたしっ……! わたしっ、降参するっ! 降参よっ! わたしたちの負けでいいわっ! だからお願いっ、トトを解放してっ!」
ドロシーは大声でそう言った。かかしが、あっと口を開く。次の瞬間。
「えー、そこまでっ! 勝者っ、えー、桃太郎チームッ!」
空に王様の声がひびいた。……試合、終了。俺たちは、勝ったんだ……!
「ブゥ~~ッ! ブゥ~~ッ! ブゥ~~ッ!」
一瞬の静けさの直後、またもや盛大なブーイングが聞こえてきた。魔法の鏡の、とまどった声も聞こえる。
「その……、王様っ……。桃太郎の行為は、許されるのでしょうか……」
少し間を置いて、王様が答えた。
「えー……、彼の行動は、あくまで、大会のルールに違反するものではございません。余はまさに、この大会の主催者であり、この世界の王なのでありますから、余の判断に、まちがいはないわけであります」
「ブゥ~~ッ! ブゥ~~ッ!」
ハハッ! あの王様も、たまにはマトモな判断をする。俺は勝った! それは明らかだ! 事実を認めろよ、観客ども! 俺は強いという、このまぎれもない事実を!
オズチームの連中は、そろって歯を食いしばって俺を見つめている。俺は涙を流しているドロシーの頭を、軽くたたきながら言った。
「ハハ、心配するな。あんたらが家に着くころには、ワンちゃんは何事もなかったみたいに、そこにいるだろうぜ」
誘拐なんてしてないんだから、当然だ。俺はそれ以上ドロシーたちの相手はせず、仲間の犬たちの方に向かった。
あいつらは傷だらけながらも、なんとか岩に寄りかかって立っていた。そして……、まるで敵に対してするかのような目つきで、俺のことをにらんでいたのだ。
「……なんだよ。耳でもやられたか? 俺たちの勝ちって宣言されたぜ?」
俺がそう言うと、犬たちは低い声で言った。
「ちゃんと聞こえてたよ。その前の、ドロシーたちとのやり取りもね」
「キミこそ聞こえてるのかい? ひどいブーイングだぞ?」
「毒に続いて、人質とは……。おぬしは鬼か」
俺は怒って言った。
「実際には人質は取ってねえ! 冷静になれば分かるものを、あのガキがころっとだまされたんだろうが! だまされる方が悪いっ! そんでもって、バカに肩入れするやつらがバカなんだっ!」
三匹は大きなため息をついた。犬が言う。
「……嘘だとしても、……飼い犬の存在を、おどしに使うなんて……。桃太郎……。きみは、自分が同じように言われたら、どんな気持ちになるか、考えないの……? それともきみは、おいらたちが人質に取られたって、なんとも思わないのかな……」
「バカ野郎っ! ヤツの気持ちを考えたから、そういう手を使ったんだろうがっ!」
俺はどなったが、犬たちはまたため息をついた。それから雉が、こう言った。
「……悪いけど、ボクたちはここで、降りさせてもらうよ……。キミ一人でもやるって言うなら、止めはしない。どうぞ続けてくれ」
「おぬしも降りた方が、賢明じゃとは思うがな。今よりもっと、ひどい目にあうだけじゃ。いろいろとな……」
猿も言った。俺が歯ぎしりしながらなんと言ってやろうかと思った、その時。
一回戦と同様、大きなつむじ風が巻き起こり、俺たち選手の体を持ち上げて……、気づいた時には、また俺たちは城の控え室にもどっていた。
部屋の鏡に、中庭の怒れる観客たちの様子が映っている。俺は低い声で、犬たちに言った。
「お前たち……。次は決勝だぞ? 降りるなんて、ありえねえだろ」
「もうっ、きみには付いていけないんだよっ……!」
犬が声を荒らげて言った。猿と雉も、だまったまま目で同じことを言っている。
……が、俺は三匹に、こう言った。
「……お前ら……。いいのか? 俺に向かって、そんなことを言っても……」
三匹の表情が固まった。俺は続ける。
「俺はお前らのことなんて、知りつくしてるんだぞ……? お前らの好みも……、嫌いなことも、弱点も……!」
猿がうろたえながら声を上げる。
「わしらをっ……、今度は、わしらをおどす気かっ?」
雉は俺をにらみつけて言う。
「落ちる所まで落ちたかっ! キビツヒコの名が泣くぞっ!」
俺が表情を変えずにいると、間もなく犬が、顔をしかめて言った。
「……本当に、おいらたちに手を出すつもりかい……? 三対一だよ……? いくらきみだって、無事じゃあ済まない……」
「俺は失うものなんてっ、この世界にゃ一つもねえんだよっ!」
俺の絶叫がひびきわたった。続いて重苦しい沈黙が、部屋を満たす。俺は犬猿雉を、代わる代わるにらみつけていた。
連中は唇を引き結ぶようにして俺を見つめていたものの、間もなく三匹とも視線をそらして、伏し目がちになった。
そうしてやがて、犬のやつが、猿と雉の顔を見た後、俺にこう言った。
「……やるよ……。決勝に出て、戦う……。しょせんおいらたちは、きみのお供だからね……」
猿と雉も、うなだれて小さく息をはいた。俺は三匹を見下ろして、鼻から息をつく。すると犬は更に言った。
「だけどっ……、約束してくれよっ! 今度の決勝戦はっ……、人質とかおどしみたいなっ、卑劣なやり方は、なしにするって!」
三匹とも、じっと俺の目を見つめる。俺はしばらくだまった後、うなづいて言った。
「……分かった。人質もおどしも使わない。約束する。……お前たちに免じてな」
犬・猿・雉の表情が、ふっとほころんだ。
「それでは参りましょ~う、第二回戦第二試合! シンドバッドの冒険チーム対っ、西遊記チームですっ!」
魔法の鏡の声が聞こえてきた。俺も、犬たちも、部屋の鏡の映像に目を向ける。
……やれやれ……。危うく見逃すところだったぜ、西遊記チームの試合を……。
決勝の相手は、まちがいなく悟空たちになる。一分の隙も見逃さない……! 明日はこの俺が勝つ……!
例え、どんな手を使っても……! どんなに卑怯だ鬼だと、ののしられようとも……! 勝って俺が、バカどもの目を覚ましてやる! そして俺は、英雄になるんだ……!