4 オズの魔法使い(その1)
シンドバッドチーム対ドン・キホーテチームの戦いは、俺の話の舞台ということになっている、『鬼が島』という孤島の海岸で行われた。
鎧兜の騎士ドン・キホーテのお供は、物語通りサンチョ・パンサだ。ドン・キホーテがやせた馬に乗り、サンチョがロバに乗って、これで計四名のチームという形。一方、シンドバッドのチームが意外にもかなり強力で、化け物じみた巨大な鳥、ロック鳥と、つばさの生えた鳥のような男の、計三名。実際にそういうのが話に出てくるらしい。
で、ドン・キホーテは試合開始と同時にロック鳥を目がけて突進するも、一瞬にして返りうち。ジジイ自身はまだ戦う意思を見せていたが、うろたえたサンチョがさっさと降参宣言した。ドン・キホーテは変な名前の姫と結婚させてほしかったらしく、終わってからもサンチョをののしっていた。
そしてその後、一回戦最後の試合。あの孫悟空のいる西遊記チーム対、ブレーメンの音楽隊チームは、憎らしいほどあっさりと、悟空たちが勝った。
舞台が暗くてせまい洞窟だったし、西遊記のリーダーは三蔵法師となっていたから、もしかしたらと思ったが、だめだった。悟空の毛で作った無数の分身が、隠れていたロバたちを見つけ出し、あっという間に取り押さえたのだ。見ていたうちのチームの犬たちなんか、「やっぱり犬や鳥じゃあ勝ち目はないんじゃ……」とうろたえる始末。
ともかく、こうしてこの日の試合は終わった。それから俺は、一応ブレーメンチームに、悟空たちと直接向かい合ってどうだったか、たずねようとした。が、彼らは負けてよっぽど恥じ入ったのか、四匹とも、どこにもその姿を見つけられなかった。
そして、次の日。大会の、第二回戦が始まった。
「第二回戦~! 第一試合~! 東~! 桃太郎チーム~ッ!」
「ブゥ~~! ブゥ~~ッ!」
魔法の鏡が「桃太郎」と言い終わるか終わらないかのうちに、すさまじいブーイングが空から鳴りひびいた。俺は無表情に徹する。今に見ていろ……!
「西~! オズの魔法使いチーム~ッ!」
今度は観客の大きな拍手と声援が聞こえてくる。
「ドロシー頑張って~!」
「オズチームなら勝てるぞーっ!」
「悪党をぶちのめしてくれっ!」
言葉が悪いぞ、畜生っ! 俺が表情を引きつらせたところを、ちょうど犬たちが見てやがった。三匹とも、浮かない顔でため息をつく。俺はキレ気味に言った。
「おい、お前たち! ふぬけてんじゃねえぞっ! 相手はまたライオンと、刃物を持った金属野郎だ! 雉には天敵のかかしも! 死ぬ気でやらなきゃ、マジで死ぬぞ! 気合入れろ!」
「さ~あ、戦いの舞台はここ! 『シンドバッドの冒険』より、ダイヤモンドの谷です!」
魔法の鏡が言った。俺たち両チームは、周りを高く険しい山々に囲まれた、岩だらけの広い谷底に立っている。草木はまったく生えておらず、代わりに足元には、大小様々のダイヤモンドの原石が、そこら中に転がっている。
シンドバッドの話の中では、崖の上から商人がここに肉を投げ入れてダイヤをくっつけさせ、その肉をつかんで飛んできたワシから、ダイヤを回収するって方法が出てくる。ひょんなことから谷に入っちまったシンドバッドは、投げこまれた肉につかまって大ワシに運ばれ、ここから脱出したということだ。
これはツイてる……! 今回は俺たちが身を隠せる、デカい岩やくぼみがいくらでもあるからだ……!
「それでは参りましょう、第二回戦! 桃太郎チーム対オズの魔法使いチームです! 両チーム、王様の合図で試合を開始してください! 王様、お願いいたします!」
「えー……。始めっ!」
微妙に合図より早いくらいのタイミングで、俺たち四人は一斉に走りだした。かかしがドロシーに巻き付き、ブリキの木こりがその前に立ちふさがっているので、矢はまだ撃たない。俺たちは右手にあった、近くで一番デカい岩のかげにかけこんだ。
「お~っと、桃太郎チーム! 試合開始と同時に、岩かげへと逃げこんだ! 観客からすぐにブーイングが上がります!」
この程度で? アホかっ! 甘すぎるんだよ!
「一方、オズチームはライオンが飛び出した以外は、最初の位置から動いていません! そのライオンも、今や警戒しながら、桃太郎たちの出方をうかがっています! ……あっ! これはっ!」
「ヒッ! 火~っ!」
オズチームのかかしが、金切声のような悲鳴を上げた。魔法の鏡も大声で言う。
「火! 火矢ですっ! オズチームのいる場所を目がけ、桃太郎たちの隠れた岩の向こうから、次々に火矢が飛んできています! 布と藁でできたかかしの動揺は激しい! 青い顔で空をあおいでいますっ!」
「大丈夫よっ! 落ち着いてっ!」
ドロシーがかかしに言ったようだった。
「木こりさんが斧で防いでくれてるわっ! 一人で撃ってるだけだし、ここには燃え広がる物もないっ! そのうち矢もなくなるわっ!」
たしかに、燃える物がほとんどないのは、その通りだ。ダイヤモンドは燃えるけど、よっぽどの大火事でもなきゃ無理だからな。……だが、一人で撃ってるだけ、ってのは、どうかな?
「ドロシーっ! あっちからもっ!」
ライオンがさけんだ。そう。最初の大岩とは別の岩かげから、別の火矢が放たれたのだ。
撃っているのは、猿たち三匹だ。ドロシーチームが最初の火矢に気を取られて、空を見上げている間に、あいつらは組み立て式の弓と矢を持って岩かげから岩かげへと移り、俺とは別方向から撃ち始めたのさ!
「ヒ~ッ! 火ぃ~っ!」
「嘘でしょっ? 桃太郎は分身できるのっ?」
フフッ! かかしだけじゃなく、ドロシーもかなりうろたえているようだ。
「お~っと、ここでオズチームのライオン! 二方向からの矢のなぞをたしかめるべく、単独かけだした!」
ライオンが来る……! 魔法の鏡はちょくちょく、伏せておくべき状況をしゃべってしまっている。俺はそこまで利用してやる……!
ライオンはすぐに岩の向こうから現れた。俺が一人でいる岩の方だ。ヤツは俺の背後の、向こうの岩の所に犬や猿の姿を見つけると、俺に向かって低くうなって身構えた。俺はあわてて弓矢を放り出し、腰の刀に手を伸ばしながら言う。
「う……! 待てっ……!」
ほとんど同時に、ライオンは俺に向かって突進した。が。
「ヒギャアアァッ!」
ライオンはさけび声を上げながら、ほとんど真上にとび上がり、それから地面に、ドサリとくずれ落ちたのだ。
「アッハッハッハッ!」
高らかに笑う、俺。罠だよ! 鉄製のまきびしだ! 俺が前もって地面にまいておいたまきびしを、ライオンは思いっ切り踏んづけ、肉球から血を流して苦しんでいる!
「きみってやつは……! この、卑怯者……!」
ライオンは倒れたまま、牙をむき出しにして俺に言った。俺はこう言ってやる。
「ハッ! お前、自分でも分かってて言ってるんだろ? そういうのはな……、負け犬の遠吠えって言うんだよっ!」
俺はライオンの太ももに、矢を思い切り深く撃ちこんだ。これでこいつは終了っと。
「ぐっ……! ドロシーッ!」
と、ここでライオンは、おどろくほどの大声でさけんだ。
「二手に分かれてるだけだよっ! ここに桃太郎が一人っ、反対側に猿たちがいるんだっ!」
チッ……! その直後、ブリキの木こりがこう言うのが聞こえた。
「かかしくんっ、きみはドロシーを守ってくれ! わたしは桃太郎を倒しにいく……! おいっ、勇気を出せ! ドロシーがやられたら負けなんだぞっ?」
「けどっ……、僕は知恵担当なのに……!」
おじけづくかかし。しかしドロシーも言う。
「それならなんとか知恵を出してっ……! くやしいけど今の所、あっちの方が悪知恵で勝ってるわ……! 木こりさんが桃太郎を倒すまで、なんとかこっちもしのがなくちゃ……!」
やつらがそうこう言っているうちに、俺は向こうにいる犬猿雉に合図を送る。岩かげから出て、直接ドロシーたちを攻撃させるんだ。
と、その時。ガチャガチャ音を立てて、ブリキの木こりが走ってくるのが分かった。俺は岩の周りにすばやくまきびしを広げ、後ろに下がる。
「木こりくんっ! 足元っ……!」
倒れたライオンがそう言った時には、すでに木こりはまきびしの上に足を下ろしていた。が、ヤツはびくともせずに俺に向かって走ってくる。チッ! ブリキのかたまりに、あの程度のとげは効かねえか……!
「桃太郎……! 覚悟するんだっ……!」
ブリキの木こりが斧を持ち上げて言った。俺は刀を抜いて、震わせながら言う。もちろんこれは、おびえた演技だ。
「おいっ、あんたっ……! その斧で、どうするつもりだっ? 俺を殺すのかっ? あんたたしか、『心』かなんかをずっと求めてたんだろ? そんな非情なまね、まさかしないよなっ?」
すると木こりはこう言った。
「悪人に対しては、わたしだって、容赦なくこの斧を振るうさ。だけど安心するといい。両手両足の腱を切るだけにしておくから」
フンッ! 充分むごいじゃねえか。だがどっちみち、そいつは不可能だな。なぜなら――。
「こいつを食らえっ!」
俺はさけびながら、剣を持っていない左手で、木こり目がけてある物を投げつけた!
「むっ!」
ガシャッと音を立てて、木こりは斧で、それを打ちくだいた。が、それも計算通り……!
「うわああああああ……!」
「木こりくんっ!」
木こりとライオンがさけんだ。ブリキの木こりの斧と体が、みるみる溶けていく。
酸だっ! 木こりが割ったビンの中に入っていた、強力な酸が、金属を溶かしてるのさ!
こいつは俺が昨夜、白雪姫の魔女の怪しげな実験室から見つけ出した物。毒リンゴは『白雪姫』ならではの品だから試合に持ちこめないが、どこから来たのか言い当てられないような物なら、なんでも使っていいってことだぜ!
「ううっ……」
ブリキの木こりは斧と右手と胴体の半分を失ってバランスをくずし、大きな音を立てて地面に倒れた。これで俺たちの勝ちだ……!
けれども、そう思って犬たちの方に合流しようとした俺は、予想外の光景を目の当たりにすることとなった。