神の声
静寂が支配する空間。
目の前にはやせ細り憔悴しきった女性と、恰幅の良い老人が向かい合って座っている。
二人とも口を開かず何時間もそのまま。
「……さま」
女性が少し口を開く。
「……聞こえましたか?」
微笑みをたたえ、ただ待つ老人。
「……はい。ようやく……」
女性も少し笑う。
「……意思は、示された。そうです」
「そうですか。それはなによりです。さあ、暖かいスープを飲んで横になりなさい。私はメイルと話をします」
老人は席を立ち、扉を開ける。
そこには、直立した神官達が待っていた。
「神女が神の意思を聞きました。『意思は示された』と」
「つ、つまり!? どうなるんでしょうか!?」
「リグルド様! 神皇様がこちらに向かわれております!」
廊下が騒ぎになる。
その光景を見ながら
「……すべては、神の意思の通り……」
老人、リグルドはゆっくりと頷いた。
メイルは、リグルドから呼び出され急いで会いに来た。
「リグルド様! まずはじめに詫びなければなりません」
謝罪を始めるメイルを遮り
「詫びの必要などありません。既に言った通りです。神は勤勉を愛される。己が信じた事を貫き通すことは、ただ美徳です」
リグルドはメイルがミラーの妨害をしたことを悟っていた。それでも泳がしていた。
「……リグルド様。リグルド様の判断を疑いません。しかし、聖女は……」
「ハユリが神の意思を聞き取りました」
それに目を見開き、涙を流すメイル。
「……は、ハユリさん……いえ、神女、さまが……」
「神の声が聞こえないと、何度も発狂した。神女として努力を積み重ねても報われないと、何度も絶叫した。その末に神の声が聞こえた。メイル、神の意思を聞き取るとは本来それほどの事です。我らのような人間が、簡単に神のお心を探るものではない」
メイルはその場で祈り始める。
「『意思は示された』そうです。つまり、カイルの意思は示されている。そこを動かす事はない」
「で、では聖女に!?」
「……メイル。不思議に思いませんでしたか? 聖女は陰謀に成功したのです。カイルはハンローゼを選んだ。ならば、ビネスト公国は卒業など待たず、『ハンローゼとカイルを国で育てる』とすれば良いだけです」
それに顔を上げるメイル。
「……た、たしかに」
「聖女側も困っている。それはビネスト公国を抑えきれていないからです。まだ聖女とビネスト公国の中で話し合いが終わっていない。この段階でビネスト公国に引き込まれ、結果的にビネスト公国が神教に戻れば困る。だから、学園に留めたままという判断をそのまま許している」
「……つまり、ビネスト公国を……?」
「神は努力を尊ばれる。私も既に手は打ちました。ビネスト公国の神教勢力の復興、そして王宮への買収。そして、ハンローゼとの連絡手段の確保」
リグルドの言葉に絶句するメイル。
「ハンローゼはコミュニケーション能力に問題があった。両親ですら娘であるハンローゼと意思疎通をするのが難しい。私の手の物が潜り込み、カイルがビネスト公国に訪れた際の手筈を整えていました。学園で生活していたこの三年。ハンローゼの意思は、その者を介さないと伝わらない」
「そ、そんな以前から、手を打たれて、いたのですか……?」
リグルドは微笑み
「それこそが、神の意思ですから」
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「よう、ビッチ」
「起きてんじゃん!!!」
影が消え去り、ミガサはすぐに学園を出て塔に戻った。
師匠であるミラーの安否の確認に来たのだが、ミラーは普通に椅子に座っていた。
「メイルが来て妨害された。今は魔法で三日起き続けられるからな。寝たくても寝れん」
「そんな便利な魔法あんなら普段から使えよ!!! マジで心配したんですよ!!!」
騒ぐミガサに
「たった今、答え合わせがメイルから来た。いやだねー。神様ってきっと性格悪いんだよ」
ミラーは手紙を見せる。
それは詫び状。
ミラーの意思を尊重せず妨害してごめんなさい、から始まり。今回の件について書かれている。
それを読み終わったミガサは、へなへなと座り込む。
「……は? はあー!?」
「お前の気持ちは分かるよ。今度メイルにあったらまた裸で喧嘩でもしようかな? なんだそりゃって?」
「……じゃ、じゃあ! 結局どーするんですか!?」
それにミラーは背伸びをし
「どーするもこーするも。ハンローゼを選んだカイルの判断に変更が無いなら特に文句はない。私はなにもしないよ。後はカイルがハンローゼにハレル語教えて終わりだ」
「……そ、そこは変えないんだ……」
「使役魔法と呼ぶか、召喚魔法と呼ぶかは微妙だが、ハンローゼの使う魔法はハレル語読めるようにならないと無意味。まあ、あの子も一緒に勉強すればいい。未来を掴み取るとはそう言うこと。選びました。はい、終わり。ではないからね。じゃあ、起きてるうちにメイルに返事を書く。お前は戻ってこれを渡せ」
そう言って、薄い本を渡すミラー。
「……なんです? この本」
「私が書いたハレル語の本だ。これを教科書に二人で学べと言ってやれ」
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「聖女様!? た、大変です!!! 転移の願いが来ております!!! そ、それも!!! リグルドです!!! 神教のトップ2のリグルドが!!!!!」
官僚の叫び声に聖女は顔をしかめる。
「……転移というのは、単独という意味?」
「はい! 単独です!」
「宮殿の転移妨害を瞬間的に解きなさい。そしてすぐに再構築」
「はっ!!!」
「解除します!!!」
その瞬間に、リグルドが宮殿の真ん中に現れる。
「わざわざお一人で来られるとは」
「はじめまして、ですな。『聖女』殿」
その言葉に聖女は顔を歪める。
「……あなたが、そう呼ぶの……?」
「呼び方にこだわりはありません。どうでも良いことです」
にこにこと笑うリグルド。
「それで? なんのご用で?」
「はい。簡単な話です。私一人ですむ話。ハンローゼの処遇について」
「……聞きましょう」
「我が神は『意思は示された』とのこと。カイルはハンローゼを選んだ。その事に神教は異を唱えません」
大きくざわめく宮殿。
「……では、我らに、と?」
「それはハンローゼが決める事でしょう」
その言葉に青ざめる聖女の側近。
「……そ、そうか!!! あの妨害は!!! 聖女様!!! 恐らくリグルドは手を打っています!!!」
「……そう。別にそれならそれでいい。ビネスト公国は一手にすぎない。魔法媒体が奪えなくとも、大勢に影響はない。ただ、聞かせて欲しい。あなたはもっと前に気付いた筈だ。なぜ泳がせていた?」
その言葉にリグルドは顔を引き締める。
そして
「簡単な事です。ここまで敵と苦闘をしないと、我等は神の声が聞こえないのですよ」




