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コニーは二人に解呪薬の調合には、ひとまず十日ほどの時間がほしいと告げた。
獣鳴病と通俗的に呼ばれる獣人の言葉を奪う呪いは、世に現れてからまだ数年。解呪方法については、まだ多くの術師が研究している段階だ。
玉石混交。様々な方法が提唱されていて、国がその中から一番安全で一番効果的な方法を精査するのもこれからというところ。
コニーが作る魔法薬も、副作用などの有無も含め、これまで解呪した獣人たちもまだまだ経過観察中と言っていい。
──ただし、コニーがはじめに獣鳴病を解呪したのはもう半年ほど前だが、幸いなことにこれまでには彼女が薬を調合して渡したうちに大きな副作用の出た者はいない。皆今では元どおり言葉を話し、普通の生活を送っている。
しかしだからといって油断は禁物とコニーは思う。
今回の解呪にも万全の体制を整えて挑まなければならない。方法を間違えれば、スタンレーのように呪いが複雑化してしまうこともある。
彼の場合、最初は『ガウ』『ゥオンッ』……と……まだ狼らしき迫力のある鳴き声が出ていたそうだが……
魔法使いが下手に手を出した結果、現在では『ワン』と完全に犬の鳴き声のように変化してしまったとのこと……それで彼は落ち込んでいるらしい。気の毒なことである。
コニーなどからすれば、狼の鳴き声も犬の鳴き声も、そこまで大きな違いがあるようには聞き分けられないのだが……スタンレーの様子から察するに、当人からすると相当にこだわるべき点なのだろう。
哀愁漂うスタンレーの背中を見たコニーは再び奮起する。
(……よし……)
幸い解呪薬の材料は工房に揃っている。その中で最も入手が難しいのは、ドラゴンの鱗だが、それも在庫がまだあったはず……と、真面目な顔をしたコニーは、早速作業に取り掛かるべく、荷物の中からペンと小さな書き付けを取り出して。先ほど見たスタンレーの呪いの形状を思い出しながら紙に描きつけ、必要材料を計算して……
──と、そんな彼女に、騎士マリウスがある提案を持ちかけた。
「あのさ、それでコニーちゃん……できたら君にはこの騎士団本部内で薬を調合してもらいたいんだけど……可能かな?」
「え……それは…………機材とかの運び入れが必要ですけど……」
「それができたら頼める?」
「え、ええ……まあ……できないことは……」
でも大変ですよと言うと、マリウスは、それはこちらでやるからと請け負った。
彼はその理由をこう説明する。
王城内にある騎士団の本部棟は、城下のコニーの工房とは距離がある。しかも入場の際は、毎度城門で身分証明と荷物検査を受けてこなければならない。そこを何度も往復していてはコニーも大変だし、彼女の使う薬草や魔法アイテム類は、王国騎士団員に使用するものだから、すべて事前に国の審査を通過しなければならない。
それを城下にいたままこなすのは手間であり、何より、彼らはあまりスタンレーが“獣鳴病”にかかったことを世間に知られたくないらしい。
「ほら、スタンレー様ってプライド高いから」
マリウスが肩を竦めながら苦笑して言うと、その背後では騎士団長が、グルルと唸る。
そして拗ねたようにそっぽを向いた。
「…………(ふ、あああぁぁ……っ!)」
その狼顔がかわいくて仕方ないコニー。不快そうにフサフサ揺れるしっぽも、申し訳ないがずっと見ていられる。
(……いちいちかわいい……いちいち……)
ドキドキして堪らないコニーは……今すぐ己の家に駆け戻り、床に身を投げ出して悶え転がりたい衝動を……なんとか堪えた。
そして平然とした笑顔で、にっこりとマリウスに向かう。
「……かしこまりました、ではそういたします」
そうして淑女の笑顔の裏側で、コニーはプルプルしながら動揺してはダメだと自分を律する。
ここで騎士団長に対しておかしな行動をとってしまえば、不審者として放り出され、依頼も撤回されてしまうかもしれない。ここまできたらそれは嫌だと彼女は思った。
ここまできたのなら──
絶対に彼の声を治して、あのしっぽが嬉しそうに大きく揺れるところを見てやるのだ。