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 ──この世界には、彼のような獣の顔をした種族が数多存在する。


 狼族だけではなく、熊族、犬族、猫族と……それはもうたくさん。

 そんな彼らがただの動物と違うのは、ひとつに言葉を話し、別の種族とも意思の疎通がはかれるということ。

 もちろんこの彼も、狼の顔をしていていも、娘──人族のコニーと同じ言葉を話すことができるはずだった。

 特に狼の獣人族たちは気高い種族。力も強く俊敏で、知性もある。王国内で確固たる地位を得ている者も多い。

 そんな彼らは、ただの獣と同列に扱われるのをとても嫌う。ゆえに、日常会話ではあまり獣のように吠えることはないと聞く。もちろん彼らも場合によっては吠えることもあるだろうが、そのような振る舞いは品がないとされていて、特に地位のある獣人族たちは慎む傾向にある。


 それなのに……

 たった今、コニーの目の前で、狼族の騎士団長は、確かに「……ワン」と、小さく鳴いたのだ。


「…………え…………?」


 コニーは……驚いた。

 ものすごく、ものすごく緊張していたこともあって、張り詰めていた風船に、突然思わぬところから穴を開けられて呆然とするような……そんな心持ちだ。

 コニーはスタンレーを見た。

 獣人の青年は、いまだ厳しい不機嫌そうな顔をしている。

 しかし、あの鳴き声を聞いてしまった後にその顔を見ると、どうにも彼の顔がしゅーん……としているように見えてならなかった。


(…………スタンレー様が…………しょんぼりしながら……『ワン』っておっしゃっ……た……?)


 先ほど聞いた鳴き声は、思い切り落ち込みがにじんでいて彼のいかめしい風貌におよそ相応しくなく──……


「……ぅ……!」


 一拍おいて……それが確かに聞き間違いなどではなく、彼の口から発せられたのだと理解した娘の──顔がカッと赤面した。遅れてやってきた衝撃によろめくコニー。


(こ……これは……)

 

 ──もし相手がただの狼族の青年だったのなら、コニーもこんなふうには驚かなかっただろう。

 しかし彼はご覧のような見た目である。

 小柄なコニーからすれば巨体と言っても過言ではない。厳しい顔の、圧倒的強者の証のような牙の奥から──

 しゅんとした弱々しい鳴き声が漏れ出てくれば……おそらく誰もが目を瞠る。


 ご多分に漏れず驚いたコニーは、しかし次の瞬間別の感情に心を射抜かれていた。

 ──その勢いで──思わずわななく口が、一瞬「か……っ」と声を漏らした。が……それはなんとか襟巻きの上から口を慌てて塞ぐことで防ぐ。

 だが声は防いだものの、心の中で溢れ出る感情は止めることが叶わなかった。

 コニーは心の中で叫んだ。


(か、か──…………かわいいぃぃ……っ!!)


 嘘でしょう、たまらない! と、震えるコニーはときめき全開の顔でスタンレーを見ている。

 ……おそらく当のスタンレーからすれば不名誉なことに……

 執務室に呼び出された娘コニーの耳には、彼のそのしょんぼりした鳴き声は──

 激しくかわいらしきものとして見なされてしまった……









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