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第8話

 足元を浸す潮海に微かな震えが生じる。


 魚面たちを引き続き殴る蹴るしていたベイクが異変の方へとその顔を向けると、そこでは一部の魚面たちがひれ伏し場所を空けていた。


 水面がぶくぶくと泡を立て、大きく膨れ上がって行く。


「ようやくお出まし、か。本気で千年相手するのかと思ったよ」


 白く泡立つ、粘着質の塊。まるでそれは繭のようであって、薄らと透けて見えるその内部には人のような形をした何かが蠢いていた。


 ベイクは鷲掴みにしていた魚面を手から噴き出す炎で燃やし尽くし、そしてそれに向け猛然と駆け出した。彼の通った後には炎の軌跡が残る。


 今更敵に情けはかけない。これまで数々の修羅場を経験し、時に死線を彷徨う目にも遭ったベイクにそれの誕生をわざわざ待つつもりは無かった。


「――ベイクリング……!」


 風と炎の魔法を組み合わせ、ベイクの両足から炎の渦が噴き出した。


 まるでロケットかミサイルのような勢いで飛び出した彼は炎の拳を構え、瞬く間に繭を間合いへと収めるとそれを叩き付ける。直撃と同時に拳から巨大な繭を包み込むほどの大爆発が生じた。


 酸欠の状態から一度に大量の酸素が流れ込むと火は爆発を起こすのと同じように、魔力を燃焼させる魔法の火でそれを再現するベイクの技法ベイクリングバックドラフトである。


 一丁上がり――燃え上がる繭を前に、それに向けて何やら唱えていたはずの魚面たちから嘆きが挙がった。それを見て、聞いたベイクの胸中から溜まっていた鬱憤の幾らかが消える。


 得意気な顔をして炎上する繭の手前へと重力のままに彼が落下を始めようとした時であった。轟々と燃える炎の中から何かがベイク目掛けて飛び出し、咄嗟に両腕を組み合わせ身を護った彼を吹き飛ばした。


「チッ、調整ミスったか?」


 宙で姿勢を直しながら無事着地こそ成功させたベイクであったが、己の最大級の爆発で焼き切れなかったことと防御に用いた腕から伝わる痛みに苛立ち舌打ちを鳴らす。見てみると彼の腕には鞭打ちされたかのような跡があった。


 顔を上げる。燃える繭からであろう、その中身だと思われる膨大な水が溢れ出し、炎を飲み込んで大量の蒸気が噴き上がり靄と混ざった。


 白くぼやける視界の中に現れる異形の人形(ひとがた)。ベイクはそれを見詰めると言った。


「中々悪くない一撃だったぜ。ちょっとはやり甲斐ってもんが出てきたよ」


 ありがとな――鬱陶しい靄を、振り払った腕に纏った風で吹き飛ばしながら皮肉か挑発でしかないベイクの感謝の言葉が響く。


 そうして、靄の中に霞んでいた異形の姿が明瞭になる。

 多数の魚面をその背後に従え、それらを平伏させているもの。


 凡そ二メートル強はあるかという上背。細くしなやかな肢体は魚面と同じく青白い肌をしていながらもその皮膚には張りすらあって、水死体のようとはもう言えない。


 丸みがあり、胸部に実った果実を見る限りそれは女性のようであったが、肝心の頭部はまるで口から表裏をひっくり返したように歯や舌が剥き出しで、そして頭髪の代わりに無数の触手が垂れ下がり蠢いていた。


「酷え見た目だ。夢に出そうだぜ」


 その姿を見たベイクは舌を出し、肩を竦める。刹那、飛来する触手の一撃を半身を引いて避けた彼は、水面に叩き付けられた触手により舞い散る飛沫の中、それの姿を睨み付けながらにやりと不敵に笑う。そして言った。


「終いにしようや」


 ベイクの纏う雰囲気が変わった。

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