第5話
アレで本当に楽しめているのかという疑問がフレイにはあった。あったが、当のセキレイはと言えば至極愉快そうに笑い声を上げながら海面を走っている。
斯く言うフレイもしかし海の楽しみ方など知らず、やむなく砂を使い小さなゴーレムを造ったりして、ベイクが出してくれたバケツとスコップを用い、泥団子を連ねたようなゴーレム達と砂のお城を築いてはしかしそれに中々熱中していた。
後は城門を開通して後門から潜り抜けられるようにすれば完成だと、ゴーレム達や奇行を繰り広げているセキレイを見に来たような人々の内、子どもたちに見守られながらフレイが四つん這いになって一生懸命砂を掘り進み、やがて遂に後門から彼の頭が飛び出した時、そこにちょうど誰かの手により彼の頭にキャップが被せられた。
「ベイク殿?」
「お前は楽しんでな、オレもちょっくら楽しんでくる」
「楽しむ……ああ、セキレイ殿か」
可哀想に――ベイクの言葉を理解し、城から這い出たフレイはキャップを被り直しながらその場に座り込み彼の背中を見送りながらセキレイを哀れんだ。
ベイクと行動を共にしてしばらく経ち、彼がはつらつとする機会が見られるとすればそれは戦う時かそうでなければセキレイへの“扱き”の時くらいのものであるとフレイは思っていた。
そしてそれは正しく。明らかにベイクの足は海上を疾走するセキレイの方へと向いていた。
さて今日はどんなことをしてセキレイを虐めるのだろうか。フレイだけでなく、ベイクの尋常ならぬ雰囲気に気付いた人々らも彼の一挙手一投足へと注目した。
二千年以上の時を生きた彼の肉体は隆盛を極めたその時をしかし今に維持し、上下共に均整の取れた筋骨はメリハリを陰影として全身に刻み込み、そしてそれは彼の動作に合わせ隆起し稼動する筋肉に合わせて様相を常に変え続ける。
「――良い身体じゃのう、美味そうじゃ」
「はい……?」
「特にあのケツ……男のケツじゃのう……」
「あの……?」
男も見取れる男の肉体。生憎のこと魔法使いたるフレイには肉体系の者たちの趣味趣向はいまいちであるが、どうやらベイクの肉体に憧れを抱くのは男達ばかりでもないらしい。
セキレイに対しベイクがどんな魔法を駆使するのかにこそ注目していたフレイであったが、彼のそのベイクに対する意識を奪ったのは気が付けば彼の隣に立っていた褐色肌の少女だった。
引き締まったベイクの臀部へと熱視線を注ぐ少女。
フレイが彼女に注目したのは彼にとってなにも彼女が魅力的だったからと言うわけではない。
上背の足りないぽってりしてくびれた箇所の無い寸胴は如何にもお子様であるし、頭身もそうだ。発達しきらない身体に対して頭は大きく見えてしまう。
しかし何故か胸に実った二つの果実ばかりはたわわで、お陰でその体型バランスは非常にギクシャクしていた。
ある意味では特異というか、注目に値するのかもしれないが、更にその口調である。
――異様。その異様さにフレイは怪訝な目をその少女へと向ける。口調も変なら来ている水着もセキレイと同じビキニ型で何なら彼女より面積は狭い。
たわわには相応しいが、他の体型が見合っていない。セキレイとは別の形で似合っていない。
誰だろう――フレイが見ているとその少女も彼をチラと見て、ぷにぷにした顔を不敵な笑みで歪ませる。
「其方は……まあ、食後のデザートかの」
「は……?」
「およ、何かするみたいじゃぞ」
たわわを組んだ腕に乗せ、二つに束ねた紺色の髪を潮風に踊らせた少女は赤茶色の視線をベイクの方へと投げた。
犬のようにそれを追うフレアの視線。
二人の前でベイクは波に足を曝し、更に進むことで海にくるぶしまで浸る。
そして次に踏み出した一歩はなんと――海の上に乗った。
魔法だとフレイはそれに精通しているだけにすぐに理解する。
隣のたわわな少女もフレイの様子からそれを察したらしく、ほおと感嘆を上げた。
二歩、三歩とベイクは海上を陸上と変わらぬ調子で歩む。
走る勢いで沈む前に前進しているセキレイとは裏腹なベイクの歩み。押し寄せる波は彼を避けて行く。
セキレイが走り回る沖付近の手前まで彼は歩いて行き、そしてそこで立ち止まると彼は腕組みをして両脚を肩幅に広げた。
走るセキレイをしばし観察した後、鼻を鳴らして彼は叫ぶ。
勇者は一日にしてならず――
その声はよく通り、その言葉は誰の耳にもはっきり聞こえる。
無論、直接それを向けられたセキレイも然り。
それを聞いた彼女は走りながら海の上に立つ彼を見ると、直後に血相を変えて彼から離れるべく更に沖合へとばく進を始めた。
ベイクもベイクで歯を剥いた笑みを浮かべると右足を海面へと叩き付けるのだった。
何が起きるのか。フレイはその場に四つん這いになりながら食い入るようにベイクを見た――が、そんな彼の背中に腰を下ろした少女にフレイは仰天の眼差しを向ける。
そんなフレイを椅子にしたまま、少女はより濃い笑みを浮かべ白っぽい唇を舌で舐めて潤した。
「――伝説の勇者の力、見せてもらおうかのォ」
ベイクが歴史にその存在を刻む者だと少女は知っていた。
その言葉を耳に、フレイは彼女に対する疑念を益々深める。
そしてベイクの扱きが始まった。




