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第13話



 広大な空を望む、青い草花が満ちる草原に一人佇むベイク。

 見上げる空の澄んだ青色は、まるで地上での出来事が嘘であったように思わせる力があった。

 疎らにゆっくりと、そしてのんびり何もかもを風に任せ流されて行く雲の様子もその一因だろうか。彼はそんな空に思い浮かべる


 ――帝国での決戦から、既に一年。


 青と赤の御旗はいまだ健在し、魔導の民とそうでない者たちの諍いはやはり絶えない。

 それも偏に赤の旗たる帝国の侵攻と虐殺があり、それから後に青の旗たる魔導の姫が興した反抗があったからである。


 それらが対峙した争い以降、互いが互いに懐く恐怖心は更なる加速を見せた。

 無法の行いをした帝国を始め、魔導の民たちから糾弾され、更なる迫害を受ける持たざる者たち。

 対し、持たざる者たちはこれまでの歴史に於いて自分たちを見放し、見殺しにしてきた罪を魔導の民へと問い糾す。


 鉄鬼という力はかつてほどの威力を見せず、魔導の民たちももはやそれを恐れない。青と赤、二つは拮抗を続けている。


 だが、そこから何の進歩も無い――と言うわけでも無かった。

 二色の御旗を掲げるそれぞれの王が、既に争いの時代は終わりだと唱えているからだ。王として、指導者として二人は魔導の民と持たざる者たちに訴え掛ける。


 見えぬ腹の奥底に今だ消えぬ怨嗟を抱え、しかしそれを互いに必死に押し殺しやり過ごしながら、人々にこうなって欲しくないという願いを込めて……それでも隣人を愛せよと訴え掛ける。


 ――今の怨念に、明日と言う僥倖ある未来を壊してしまわぬように。


 ベイクは思い、鼻を鳴らして笑う。果たしてあの二人の、どの口がそれを言うのかと。

 しかし同時にこうも思う。あの二人にしか言えぬ言葉でもあると。


 きっと二人の理想が叶うには、それこそ命に限りある者たちにとってはいくら命があっても足りないくらい、それは膨大なる時間が掛かることだろう。

 その途中でその想いが歪められ、思い掛けない結末に到ることだってある。


「……良くも悪くも、な」


 自らの運命を呪うベイクは、そんな後ろ向きな考え方をする自らにそう言って見せる。悪い事ばかりではない。そう自らに言い聞かせる。


「本当に、空を見るのが好きなのだな」


「別に、世知辛い世の中見てるよりマシなだけさ」


 突然かけられた声にベイクはまた鼻を鳴らし、そう言いながら振り返る。そこにはドゥームが立っていた。


「テメェこそ、こんなとこブラついてて良いのかよ。命狙われたりしてんだろ?」


 大変だな――他人事のように言ってベイクが再び空に視線を投げようとした時であった。彼は何か気配を感じ再び振り返る。するとその視界に何か陽光に煌めくものが映った。


 それを咄嗟に受け止めたベイクが手中となったものを見てみると、それは腕輪だった。一年前、ドゥームの延命のために彼と同化させたものである。


「腕輪に憑いている者がもう平気だと言うのでな。今日はソレを返しに来ただけだ」


「すっかり忘れてたぜ」


 それはないでしょう――手中で腕輪を繰り返し宙に放りながらベイクがそんなことを言ってみるとすぐさまルシファーから批難が挙がる。それにベイクが笑うとついとドゥームも笑声を溢してしまい、見ると彼はそれを取り繕うように咳払いする。


 そして改めて顔を合わせるベイクとドゥーム。

 二人の接点は多いわけではない。故に語らう事も多くなく、結局何も出てこないとドゥームは「それだけだ」と言い踵を返した。


「警護は必要か?」


「ん……いや、必要無い」


「そっかよ」


 一応と訊ねたベイクにドゥームは手だけ振って見せる。てっきりそれを自らに向けられた挙手だと思ったベイクであったが、するとドゥームの向かう先から二人の男女が駆けてきた。護衛は既に居るらしい。


 ケッと苦笑しながら舌打ちするベイク。腕輪を右手首に嵌め、今度こそ空を見上げようとする。すると――


「ベイクーっ!!」


 人気者ですね――がっくりと項垂れるベイクを、先のお返しとばかりにルシファーが茶化す。

 引きつった笑顔をして、ちらと肩から背後を覗き見た彼の眼に映ったのは、年寄りの付き人を引き摺り回して元気に駆けてくるエンゼリカの姿であった。


 ――途中、去り行くドゥームとすれ違うエンゼリカは駆け足を緩め、彼女に気付いた彼と顔を見わせると互いに牽制するかのような不敵な笑みを携え、まずエンゼリカが口を開いた。


「こんなところで逢うなんて奇遇ね……」


「ああ、よもや会談以外でとはな……」


 今度会うときは覚悟しろ――僅かな睨み合いの末に、ほぼ同時かつほぼ同じ言葉が二人の口から出た。

 ムッとした表情に変わる二人。互いの付き人らはその合間の空気に当てられ慌てふためく。


 国のトップ同士の修羅場である。場合によっては最悪の事態になる。だが剣を抜いて良いものか、二人の関係を多少なり知る付き人たちは判断に難儀していた。


 そこから更にしばらくして、すると二人はやはり同時に止めていた足を再び動かし、今度は無言のまますれ違いを終えるのであった。ほっと胸を撫で下ろす付き人たち。彼らもそれぞれの主人に付いて去る間際、すれ違う互いの付き人へとそれぞれの労を労うような会釈をした。


 また駆け出し、こっそりとこの場を去ろうとしていたベイクの背中に彼の名を呼んで釘を刺すエンゼリカ。

 彼のすぐ側まで駆け寄った彼女はふんと鼻を鳴らしながら腰に手を添え胸を張ると言った。


「何故私が来ると逃げるの?」


「いや、まぁなんだ、その……」


 ガリガリと頭を掻きながら背を丸め返答に迷ったベイクは密かに、念波を通じルシファーに呼び掛ける。呆れるルシファーであったが、是非も無しとその声をエンゼリカへと放つ。


『何事でしょう?』


 とベイクが言っています――必要無い一言を足したルシファーを咎めるベイクであったが、エンゼリカは構わず、何やら気まずそうに視線を泳がせ始める。そしてベイクを直視しないまま彼女は告げた。


「ちょっと……少し……大事なお話が、あるの……」


 来たよ――思わずベイクは己の顔面を片手で覆うのだった。

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