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第12話

 極限を超えた魔導同士の衝突が生み出す膨大な余波は光となり城を切り裂いた。あらゆる壁面にひびが走り、ガラスは弾ける。


「う……っ」


 崩壊が始まる城が起こす振動の中、エンゼリカが目を覚ます。徐に開かれた両目が見上げたのはベイクの微笑み。

 彼はエンゼリカが目覚めたことを知るとその視線を別の方へと向けながら一言。


「勝負、アリ……ってとこか」


 エンゼリカはぼんやりする意識ながらに状況を知るべく視界を動かす。どうやら今、自分はベイクに抱えられている。と言うことまで彼女は理解した。


 やはり懐かしい――ベイクの大きな身体、太くてごつごつした腕。そして男としてのニオイ。それらの要素が彼女に父、レムナスを連想させる。


 このまま寝入ってしまいたいという欲求が湧き上がる中、しかし鮮明になる意識は彼女にベイクが呟いた言葉の意味を考えさせる。


 ――勝負、アリ。


 それはつまりどちらかが負け、どちらかが勝った。

 エンゼリカは痛む全身に鞭を入れ、ベイクの腕の中から体を起こそうとする。彼は無理をするなと彼女を気遣うが、それをエンゼリカは拒否した。


「それは負けた方に掛ける言葉……なんでしょう?」


 その台詞にベイクは呆れる。エンゼリカは勝った気でいるのだ。――が、ベイクはすぐにふと笑うと「そうだな」と言い、彼女の背中を支えてやる。


 そうして立ち上がった二人。

 彼女らが見下ろす先では、荒れ果てた床に滅茶苦茶になった四肢をなげうち倒れる皇帝ドゥームが居た。奇しくもフガラクの最期とその様相は似ていて、ベイクはそれに彼を思い出す。


 そして同時に、彼とは違う事も。


「ベイク……貴方には散々、偉そうなこと言ったけど……」


「ああ、そうだな」


 不意に口を開き、疲労やダメージ故に途切れ途切れな言葉を紡いだエンゼリカにベイクが目を向ける。

 彼女はうつむいていて、その表情までは窺い知れない。その言葉をベイクは素直に認め、肯く。エンゼリカは続けた。


「……ごめんなさい……申し訳ない、けれど……《《彼》》の所、まで……手を、貸して……ほしい、の」


「……お安いご用だ」


 彼女の願いに頷くベイク。恐らく上手く力の加えられていない両脚で立ち、震わせながら踏み出そうとする彼女の一歩を彼はその小さな背を支えつつ少し押してやる。


 抱えてやることも出来るし、その方が容易いことだろう。しかしそれでは意味が無い。これはエンゼリカ。彼女の戦いで、所詮彼女が此処に到るまでのために呼ばれたベイクが出来るのは、それこそ此処までと言うもの。少なくとも彼はそう思っていた。


 ゆっくりと、辛く危うくも確かな歩みを進めるエンゼリカの傍らをベイクは共に行く。そして辿り着く先は地にその身体を横たえるドゥーム。


 ベイク――その傍らでエンゼリカがベイクに指示した。それに従い、ドゥームの頭部付近に屈み込んだ彼はそれの頭部を追う半壊した兜へと手を伸ばすと素手で容易くも剥ぎ取る。


 露わになる血塗れの顔。その口元へベイクは手を差し伸べ呼吸を確かめる。弱いが、まだ息はあった。


『大した鎧だ。ほぼ全壊していますが、彼の命を支えている』


 このままでは長くはもたないでしょうが――腕輪のルシファーが告げる。どうやらドゥームの纏う鉄鬼がまだ作動しているらしい。それが彼の生命維持をしているのだとか。


「――この期に及び、まだ……見下ろす、か」


 そうしている内にも、二人の気配に気が付いたのであろう閉ざされていたドゥームの目が開かれ、そして血で赤く染まった唇を弱々しく震わせると彼は言う。その目はエンゼリカを向いていた。


 何を想い、考えるのか彼女も彼をその言葉の通り見下ろし、しかし返事は無く沈黙。ベイクもまたそれを静かに見守った。


 そして、呼吸器系に異常が出ているのか、はたまた出血が気管に入るのか咳き込むドゥームを前に沈黙を続けていたエンゼリカはやがてその赤い瞳をベイクへと向けると、彼の名を呼んだ。


 それを受けベイクはふと鼻を鳴らし笑みを浮かべると、己の右手から腕輪を取り外し、それをドゥームの右胸にぽっかりと空いた空洞に取り付ける。


 そこにある彼の第二の心臓は魔導の限界を超えた出力に耐えきれず破壊されていて、今や鼓動していない。

 だが、そこに腕輪が取り付けられると腕輪はルシファーの意思により鎧以外の形状に変形し心臓と一体化。それを補強し、再び脈動させると共にドゥームの身体へと魔素を供給させ始める。


 更にはベイクも、ドゥームに残された生体部分へ右手を差し伸べると治癒の魔法を行使する。


「なに、を――」


 ベイクが行動する理由は、ドゥームにもなんとなしに分かった。甘い男である。死に行く者を前に放っておけないのであろうと解釈することは容易かった。

 だが、彼はあろうことかエンゼリカの指示でそうしていたから、ドゥームを混乱させる。


 彼の問い掛けにベイクは答えない。ただ小さな笑みを浮かべながら彼の命を支えるばかり。そして代わりに、エンゼリカがそれに答えた。限りなく短く――


 ――赦します。


 その言葉に血走った目を見開いたドゥームは彼女を見る。その表情にも驚きと困惑が色濃く出ていた。理解出来ない。そう言った顔だ。


 エンゼリカも、その気持ちはまだ完全に割り切れてはいないようであり、その顔は晴れない。かといって、嘘を言っている風でもない。口腔に巻き込み食い縛った唇と、閉ざされたまぶたがそれを物語る。


「戯れ言も……そこまでに、しろ」


 それを前にし、ドゥームは口角を歪め、笑声混じりに告げた。嘲笑である。それを繰り返した後、再び表情を無くした彼はエンゼリカからその視線を外し、今にも崩れ落ちそうな天井を見上げる。


「もう、良い……殺せ……殺せ!!」


 俺を皆の処に行かせろ――精一杯に、血飛沫を上げながらドゥームが咆えた。しかし――


「それで、残された者たちは……どうなります」


 口を閉ざしていたエンゼリカが言う。その言葉にドゥームの表情が歪んだ。彼女は続ける。


「私は国を再建し再び、(いえ)、新たに民を導いて行きます。それが王たる務めだから」


 そして彼女は徐に跪き、より近くでドゥームを見遣る。それはまるで己の中の復讐心を試すかのようで、憎い存在を眼前にざわつく胸中を押さえながら、そして彼女はそのまま彼を見たままに言う。


「私はきっと今でも貴方が憎い。その顔を見るだけで、死に行く父と母の顔が過る」


 同様に怨敵の顔を眼前にしたドゥームもまた、怨嗟の炎に心を焼かれながら、それにより立ちこめる煙を吐き出すようにその口を開いた。


「……そうだ、な。俺も、そうだ。魔導の申し子……王の血……貴女が、憎い」


 ――殺したいほど、憎い。


 そして、二人の言葉が重なった。


「それでも、赦すと……?」


「それでも。赦します……私は貴方を」


 憎しみは憎しみのままに、それでも赦す。

 皇帝ドゥームは憎い。殺したいほどに、憎い。それでも持たざる者たちが憎いと言うことは無い。見てこなかったのも、自らには関係が無いとそう思っていたから。眼中に無かっただけ。


 しかし今は違う。だが――


「私に彼らは導けない。私は魔導の王の血を引く、魔導の民のための存在だから」


 きっと今さら、自分が持たざる者たちに手を差し伸べたところで彼らはその手を取ることは無い。エンゼリカはそのことを理解していて、その上でドゥームを見る。持たざる者の王が、ドゥーム・コル・エコーディリウスを。


「民……たち、か」


 エンゼリカからまた視線を天井にドゥームは向ける。崩れ落ちるそれを前に、彼は笑みを浮かべた。


 ――想いも果たせず、何が王か。


 此処で果てるが我が定め――その目をドゥームが閉ざそうとした時である。(またたき)一閃、迸った漆黒が彼の眼前に迫る天井を微塵に切り裂いた。


 その光景に目を見張るドゥームが視界に捉えたのは、黒い大剣を片手に携えたベイクの姿であった。


 ベイクは剣を肩に背負い直しながら、二人へと振り返ると言った。これが最後のお節介だ――と。


 まだそんなものを隠していたのかと、思わず呆れてエンゼリカが笑う。ベイクもそうだと悪びれず答えると笑った。


 ドゥームはそれらを見て、その後、ゆっくりとまぶたを降ろす。降りた幕の暗黒に浮かび上がるのは家族や、友。それらは逝った者たち。


 ――そしていつか見下ろした、己を見上げる期待と希望に満ちた笑顔の数々。それは、これからを行く者たち。


 彼は耳の内側からその音を聴く。

 まだ力強く鳴り響くその鼓動を。

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