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第9話



「殺さんのかい……」


 フレームの四肢をなげうち、大の字になって転がるフガラクは己を見下ろすベイクへと問う。


「ああ、必要ない」


 ベイクは血塗れた顔を袖で拭う。もう血は出ていないらしく、拭いた側からまた血に汚れると言うことはなかった。そうしながら彼はフガラクの問い掛けへとかぶりを振った。フガラクは鼻を鳴らし笑った。


「知っとったか」


「いや、その姿を見て初めて知った」


 二人のやり取りを少し離れた所で聞いていたエンゼリカが疑問に思う。フガラクはいまだに鉄鬼を纏っている。正確にはその骨格であるが、それから胸像のように生身を曝している状態だ。


 ベイクに投げ落とされ、髷を結った頭部から出血こそしているものの、それはベイクと同じく恐らく皮膚を傷付けたからであり割れたわけではない。


 それにベイクには治癒魔法があり、それを使えば救うことは容易いはずだ。何故そうしないのかと、それを彼女は疑問に思ったのである。故に彼女はおずおずとした調子でベイクへと歩み寄ると言った。


「別に、ドゥームの人間を皆殺しにしてやりたい気持ちが変わったわけじゃないけど……けど、貴方が助けたいなら好きにすれば良い。どうせ今までだって私が何を言ったところで聞かなかったじゃない。今さら――」


「そうじゃない」


 それはエンゼリカの精一杯の譲歩であったが、しかしベイクはそれにもかぶりを振って否定した。そのことに驚くエンゼリカ。ではどういうことか、くつくつと喉を鳴らし笑うフガラクを見下ろしながら彼女は訊ねる。そしてベイクは答えた。


「もうフガラクの余命は幾ばくすらも無い。燃え尽きる寸前なんだ。本当に、バカな男だ」


「がはは……応さ、馬鹿にもなる。ベイク、己に出逢っちまったのがわしの運の尽きよ」


 どういうこと――エンゼリカが問うと、しかしベイクは詳しくは分からないと言いつつ、鉄鬼のせいであろうと予想を口にした。そしてそれをフガラクは認める。


「……だが、悪くねえ人生だった。後にも先にも、これ以上はねえだろうよ。勝てんかったのは残念だが、悔いはないわい」


 あばよ――自らの刻を悟ったのかフガラクは自らの言いたいことだけを二人に告げると、それを最後に両目を閉じ、大きく息を吸うと共にそれを吐き出して以降、二度とそうすることは無くなった。


 炎が広がり、二人が争った居住区の一角もじきに飲み込まれる。ベイクは何か言いたげに自らを見上げているエンゼリカへと行くぞと告げると、やがて炎に呑まれ行くフガラクに背を向け歩き出した。エンゼリカは、そんな彼の背中を少しの間見詰めた後追い掛ける。


 ――全ての障害は打ち砕いた。残るは皇帝、ただ一人のみ。

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