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第8話

 勝った――突き込んだ拳から確かな感触を得たフガラクは確信する。この世で、自らよりも強い相手に遂に勝ったと。


 苦節の果てに至った境地。全てをなげうち――違う。“ベイクに勝つ”これだけのために全てを捧げて遂に、遂に勝った。


 ――しかし、なんだ。


 鉄鬼の骨子を纏い、そこから入れ墨だらけの胸部、頭に掛けてを露出させているフガラク。故にその表情が明るみになる。


 その隈取をした顔に浮かぶ表情は勝利の美酒を前にした笑顔――ではなく、笑みは笑みであっても恐れと驚愕に彩られたものであった。

 粟立つ肌に、噴き出す汗。


 ――なんだ!!


 そして期待。

 追い掛け続けていた頂に遂に登る。その喜びとは裏腹に感じる一抹の淋しさはきっと目標を失うことに対してのもの。そして頂に対して落胆してのもの。


 それが今、覆されるような気がフガラクにはしていて、故に覚える恐怖に驚愕、そして歓喜、期待。


 打ち据えたはずのベイクを、そんなドキドキと高鳴る胸のまま嬉々として輝く瞳で見下ろすフガラク。そして彼の左腕を、ベイクが掴む。

 ――来た! フガラクの表情が更に深い笑みに歪む。


「惜しかった、な。もう少し重ければきっと、オレの頭も割れてただろうよ」


 その握力に左腕がひしゃげて行く。

 そうしてその腕を退けた先から顔を見せたベイクは、皮膚の裂けた額から流れ出たおびただしい量の鮮血に顔面を赤く染めながらも、フガラクを見詰める両目、その青き双眸にはいまだ生気と闘志が煌々と輝いていた。


 フガラクが鉄鬼の装甲を排し行った奇襲は確かにベイクの予想を凌駕していた。故にそこから繰り出された一撃も、受けざるを得なかった。


 しかしそこまで。

 ベイクはフガラクの拳が顔面に迫る中、顎を引きそれを額にて受けた。それでも皮膚を切り裂かれたが、しかし頭蓋までは砕かれていない。


 それはベイクの超常的な頑強さもあってのことであるが、何よりはフガラクの拳が軽くなったから故の結果であった。

 もし、もしもフガラクが鉄鬼の装甲を纏ったままであったならば、速度と重さによりベイクの頭は粉砕されていたのであろう。


 だがそうはならなかった。

 ならなかった以上、この勝負は――


「今度は……しくじらん」


 掴まえた腕を巻き込み、ベイクが身を翻す。その瞬間、フガラクは思い出し、そして受け入れた。己の敗北を。次は無い、完全なる敗北。


 ぐんとフガラクは己が纏うフレームごと浮かび上がる、天地が逆さまになり――ああ、あの時は威勢良く投げ飛ばされたもんじゃがのぉ――と逆さに映るベイクの浮かべた、歯を剥いた獣のような笑みを目に焼き付ける。


 ベイクは再びフガラクを背負い投げ、そして今度こそは、今度こそ雄山(かれ)のようにそれを地へと叩き付けた。

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