第4話
二
怠けやがったな――ベイクが言う。
『まさか……あれでも全力だったんですよ。如何せん、元が全壊一歩手前。機能は完全停止。封印した悪魔たちには今だアクセス出来ない。鎧を展開出来るようになっただけでも上出来だし、召喚術による呼び水を掴まえたのを褒めて欲しいくらいです』
精一杯やりました――ルシファーが答える。
ベイクが右手首に嵌める腕輪。彼の鎧であるデビルズスケイルの格納形態である。そこには悪魔ルシファーが宿っており、ベイクはそれと会話することが出来るのである。
ルシファーの丁寧ではあるがベイクに対し一切引き下がらない調子は相変わらずで、今さらベイクも文句は言わない。だから代わりに問う。
「何処までやれる?」
その問い掛けにルシファーは少しの沈黙の後、答えた。
『精々二箇所。当然、アドベントは出来ません』
その回答にベイクは「オレの服は出せるか」と更に訊ねた。
そうしてそれにルシファーは可能だと告げると、ベイクは腕輪の嵌まる右手を軽く振る。
するとキラリと腕輪が瞬き、直後ベイクの身に“ミトレイユの護り”と言う植物の汁で濃紺に染めたシャツと、鎧大鼠の外皮をなめして造り上げた焦げ茶色のジャケット。そして石蜘蛛の糸で編んだ黒いズボンが着用される。
護拳を兼ねた手袋や、ジャケット同様の素材で作られた丈夫なブーツも、小物入れを幾つも備えたベルト等々の装備も順次身に纏って行くベイク。しかし――
「おい、フツー着てるのを格納してからだろ」
『失礼。如何せん不調なもので』
しかしそれが法衣の上から無理矢理重ねられたので酷く不格好。ベイクがこれに対してだけは文句をつけると、嘘か真か――ベイクはどうにも嘘くさいと思っている――言い訳したルシファーは法衣を腕輪に格納する。
そうしてようやくすっきりした着姿になったベイクは最後に魔女レアの編んだ、彼女の魔法による加護が掛けられた黒の外套で身を覆い一息。
そして歩き出すと閉ざされた扉へとその手を掛け、開け放つ。その先には既に身支度を調えたエンゼリカが待ち構えていた。それも怪訝な表情で。
「待たせたな」
そんな彼女を見下ろし、ベイクは不敵に笑うと言う。エンゼリカはふいと顔を逸らすと、代わりに寄越した目端の赤い瞳で彼を見上げ言った。
「そりゃあ、隣でぶつくさと大きな独り言を言われれば気にもなるわ」
「そりゃあ、コイツだよ」
よろしく――ベイクが差し伸べた右手、そこに嵌まった腕輪を彼が示すので、エンゼリカがそれを訝しげに覗き込んだ瞬間、腕輪から飛び出した光球に驚き悲鳴を挙げ彼女はその場に脚をなげうって尻餅を付いてしまった。
それを見届けて、彼女の周辺を浮揚しながら光球――つまりルシファーが遅い挨拶をする。
「な、何よ!? それ……」
『ルシファーと言います』
だそうだ――合いの手を入れるようなベイクはもう不敵にでは無く可笑しそうに笑うので、笑われたエンゼリカはそんな彼を睨み付ける。
ベイクはそれに対し舌を出して悪びれた様子の一つを見せないまま「おたくらの言う“魔導”みたいなもんだ。厳密には違うが、そう思えばラクだろ」そう告げて改めて手を差し伸べる。転んだエンゼリカを助け起こすための手である。
「っ……一人で立てます」
「ならさっさと立て。さっきから目のやり場に困って仕方ねえ」
言われてエンゼリカは初めて己の足元に目を落とす。
外套が捲れ、白い素足が太もも近くまで飛び出していた。
一瞬で耳まで顔を赤くした彼女はすぐに捲れた外套を直すとベイクの手を払い除けながら起き上がる。そしてふんと鼻を鳴らすと、完全にベイクにそっぽを向いて遂には彼の前から去ってしまった。
階段から下に降りる間際、一度ベイクの方を見たエンゼリカ。彼は彼女を目で追い掛けていて、その顔はまだにやけていた。なので彼女はべっと舌を出すと足早に階段を下って行くのであった。
「嫌われたモンだな、ルシファー」
『嫌われたのはベイクでしょう』
そうして、ルシファーは腕輪に宿り。ベイクはエンゼリカを追い掛け宿を後にするのであった。
――エンゼリカにより召喚されたベイクは彼女の意向に従う。
例えそれがルシファーの介入による割り込みで、エンゼリカがベイクに対し強制力を持たない不完全な召喚だったとしてもである。
それは何故か――それは彼がベイクだからである。
エンゼリカがその命を賭してまで助けを必要としている。例え関係ないことであっても、そうと知ってしまえば助けずにはいられないのが彼なのだから。




