第2話
「己ぇ……なにもんじゃあ!?」
巨大な胴体に埋まったような頭部。
大木のように太くも、多重関節により柔軟性を兼ね備えた腕。
そんな身体を支える、腕同様に太ましく無骨な脚。
ガラガラした嗄声で咆えるそれは鋼鉄の塊。
その様相たるや、それはまるで黒鉄の城――故に、鉄鬼。
砂に半分埋まった球体のような楕円形の頭に浮かんだ真紅の一つ目が一際強く輝く。それが見るのはただ一つ。
それは――
「……そうさな、今はただの迷子だ」
銅色の短い髪、左頬を覆う大きな火傷。法衣を纏った彼の名はベイク。遙か遠き世界の危機を二度に渡り救い、救世主。彼の者。勇者と称される男であった。
しかしそれも今は知る者は無く、故に彼は敵に名乗ることも無ければ己のことを迷子と称する。
そんなベイクは鉄鬼を前にそれを見上げながら不敵に笑う。それを見た鉄鬼から苛立ち混じりに威圧する声が溢れた。だが彼が萎縮するようなことは無い。
己の背後をちらと見るベイク。そこには地面にへたり込んだままの少女エンゼリカが居る。するとベイクは言った。
「コレは、倒しちまって良いんだな?」
え――突然のことでエンゼリカは困惑した。
そもそもとして、何故自分は生きているのかという所に始まり、現れたベイクは何者なのだとか、これで件の魔導は完遂されたのだろうか等々、考える事は尽きない。
故に突然問い掛けられてもエンゼリカは答えることが出来ず、そんな彼女の返事を待つかのようにベイクは彼女へと笑みを浮かべたままの横顔で見詰め続けていた。気を逸らしていると言っても良い。
「あっ――」
危ない――そんな言葉が彼女の口から返答に代わって出ようとした。と言うのも、ベイクの正面では今まさに余所見している彼へとその巨椀の先に付いた鉄槌のような握り拳を振り上げた鉄鬼が居て、そしてアンゼリカが危機をベイクに知らせるよりも早く、それは彼へと振り下ろされた。
「なにもんと、訊いとろうがあ!!」
怒りを爆発させて、鉄鬼が怒鳴る。
振り下ろされた鉄槌はベイクの頭上へと振り下ろされ、そしてそれは彼に命中し鈍い音が響き渡った。凄惨な光景を予感したエンゼリカがその目を逸らした。しかし――
「――で、どうなんだ。倒して、良いんだよな?」
再び逸らした目をベイクへと向けるエンゼリカ。
何故と疑問が過る。目の前でベイクはやはり彼女を《《相変わらず》》尻目に見詰めたまま、何ものもをも打ち砕くはずの鉄鬼の鉄槌をその腕で受け止めていたからだ。
それも右腕一本で。
何故にして、どうやって。その光景に驚愕するのは何もエンゼリカだけでは無い。渾身の一撃を受け止められた鉄鬼もまた驚嘆を挙げる。
「貴方、は……一体……」
やはりベイクへの返答は無い。頭の中で渦を巻く疑問ばかりがエンゼリカの口からは飛び出していた。
そんな彼女にベイクは暇している左手で頭を掻くと、笑みを困り顔に消しながら「参ったな、こいつは」と口でも困ったと言う。そして今だ力を込め、ベイクを押し潰そうとし続ける鉄鬼を見上げた彼は言った。
「少しアレと話がしたい。悪いが、席を外してもらえるか」
「な、何おぅ……なっ」
直後、鉄鬼の腕が跳ね上がる。無論、それの意思ではない。ベイクが弾き飛ばしたのである。
驚く鉄鬼が再びベイクを捕捉しようと赤い一つ目をそこに向けると、しかしそこにはもう彼は居らず、何処かと鉄鬼が困惑を覚えた時に既にベイクはそれの懐に居た。
気付き、対処しようと鉄鬼が機体を動かすが間に合わず、ベイクは脇に引き込んだ右腕、そこに握り締めた拳を全力で振るい、鉄鬼の機体へと突き込む。
何か硬い物を叩き付けたかのようなけたたましい音が轟くと共に凄まじい衝撃に見舞われた鉄鬼の両足がふらつく。それでもと鉄鬼は崩れた体のまま再び右腕を振りかざし、ベイクへと叩き付けた――が、やはりベイクはそこに無い。
「また――」
消えた――鉄鬼がまたも困惑に沈む中、ベイクは《《躱した》》鉄鬼の右腕を両腕で掴まえると、それを巻き込むようにして体を捻る。
「――確か、こうやって……」
そうして巨漢たるベイクにも余りあるはずの鉄鬼の巨体を彼は背負い、そして以前、自らも体験したことのある技をここに再現するべく彼は両腕に力を目一杯込め、歯を食い縛るとそして体を捻る勢いを伴って、そして遂に鉄鬼の、黒鉄の城を一本背負いに投げ飛ばした。
巨体に見合う重量が宙を舞う。
それを見ながら、少々疲労した色を見せながらもベイクは笑みを浮かべ、しかしその胸中では「しくじった」と悔いる。そう、あの時は投げ飛ばされたのではなく、“落とされた”。
解放するタイミングを間違えたことをベイクは悔いていたのだった。とは言え、結果として遠方まで鉄鬼は飛ばされ背面から地へと墜落すると砕け舞い上がった土煙がその姿を覆った。
あの重量である。受け身も無く落下したのであれば少なくとも無事ではあるまい。ベイクが舞い上がる煙を前にしながらそんなことを思っていると、しかし煙を引き裂いてすぐさま立ち上がったらしい鉄鬼が姿を現した。
存外に頑丈。ベイクは驚きながらも、それが来している異変を無逃しもしなかった。
鉄鬼の機体は各部が歪み、生じた隙間からはバチバチと火花や稲妻が走っていた。――少なくとも、無事ではない。
「……ハズだが」
ベイクが戦闘態勢に入ろうとする。した、その時であった。
「けっ……フレームが歪んだのか!? 仕方ねえか……おいボケェ! この決着はまたにしておいといたる」
覚えとけよ――そんな捨て台詞を残し、鉄鬼は両足の裏から噴射した青白い炎でその巨体を地面から僅かに浮かび上がらせると転身。特に損傷の激しい背面に備えた噴射口の幾つかから疎らに火を噴き、すれば巨体に見合わぬ速度でベイクの前から離れて行くのであった。
「……馬鹿力だけじゃ無い、か」
命拾いしたかと、敵を失って警戒と共に右前腕を覆っていた手甲を解いたベイクは苦笑しながら、手甲が化けた腕輪の嵌まる右手にて頭を掻く。そして自らの身を翻すと呆然として己を見ているエンゼリカを見下ろしながら訊ねた。
「説明、してもらえるな?」
そうしてエンゼリカはベイクと、ベイクはエンゼリカと出逢うのであった。




