第4話
三
――やがて夜のとばりが降りる。
外灯など森の中にありはせず、月と星明かりのみが闇を照らす。しかしその夜はそれすらもあり得なかった。
一筋の光もありはしない、海の底のような深い深い闇。
いつもならばうるさいほどに鳴いている蟲の声は止み、夜活動するボロウ――フクロウのような鳥――のさえずりは悲鳴へと変わる。それをしたのは騒々しい馬蹄の音。
土を掘り、砂利を蹴飛ばしながら四つ足が勢い良く掛ける。長い鼻の先にある口からは唾液が溢れ出し宙に舞い、ふさふさとしたたてがみや尾が風に揺れる。
闇夜に溶ける様な黒いその駿馬の手綱を握り駆るのは、これまた黒い外套に全身を包み込んだ何者かである。
その者は唯一露出した目元に覗く血走って涙を流す眼球二つをぎょろりと動かし、背後を窺い見た。
そこには何も無い。ただ闇が広がるばかりであった。しかしそれこそがその者に恐怖を与え、跨がる馬に急げと鞭打たせた。
馬から悲鳴が挙がり、痛みにひた走る。
急げ急げと、その者はひたすらに呟いていた。
――奴らに追い付かれるその前に。闇に飲まれる、その前に。急げ、急げ!
背後と正面を頻りに見遣っていたその目が再び正面を向いた時、その先に小さな灯りが映った。直後のことである。
馬の後ろ肢に闇が掛かった。すると馬は突如姿勢を崩し転倒、外套の者はその背から放り出され地面を転がった。
地面にしがみつき、雑草を握り締めて落ち着くと馬を捜し来た道を窺う。すると闇にその体を覆われ、首だけを覗かせている愛馬の姿を見付けた。
メキメキと何かを砕き、ブチブチと何かを引き千切るような音が繰り返し響くと、外套の者は目の両端が裂けて血が滲むまで両目を見開き、体を震わせて恐怖した。音は全て馬の体を覆い隠す闇の中から聞こえていた。
少しずつ、馬の首が闇の中へと引きずり込まれて行く。違うのだ。闇が前進してきていた。
外套の者は慌てて跳び起き、見付けた灯り目掛けて駆け出した。何度も躓き、実際転倒しながらも、四つん這いになりながらも走る。
闇はその背に着実に迫ってきていた。
近付くランプの頼りない灯りに、外套の者は爪の剥がれた血塗れの手を伸ばした。