第7話
三
「ありがとう、四人とも。これでまた楽な生活に戻れそう……少しだけどね」
「あんなキモチワルイもの、ホントに売れるのか? しかもあんな高値で……」
「売れるわよ~? 異端審問制度のおかげで魔法使いは大っぴらに出歩けなかったし、私もああして地下に本来の品を隠さなきゃならなかっただけだから。連中が壊滅した以上、出せば皆買いに来るわ。本来の客層が、ね」
「ええ、きっとそうでしょうね。あれだけ貴重な品々が用意されているなら耳の早い魔法師界隈、何処からでも駆け付けてくるでしょう。それにお金に糸目もつけない」
「……アンタたち、その異端審問官の目の前でそう言う話ししようってんだ。怖いもの知らずというか、なんというか――」
「――じゃ、バカ共とでも言うかな」
穀粉を水で溶き、焼き固めて作った黄金色をした薄い楕円のケーキがテーブルの中央に山盛りに積まれ、その周囲をジャムやソース、香辛料などの調味料、果実や野菜、肉などが乗った皿たちが取り囲む。
テーブルを囲む五人。話をする順にレア、セキレイ、アルフレイ、ソフィとそしてベイクの前にもそれぞれ皿とグラスがあって、皆ケーキを取り思い思いにトッピングをして食していた。それでもケーキは中央に山盛り。
特にベイクとセキレイの二人の皿には三枚以上のケーキが常にあって、それ以下には決してならない。
楽しく会話するセキレイとレア、そしてアルフレイに呆れるソフィ。
元であり偏見も少ないとは言え異端審問官であった彼女の言葉は当然であるが、だからといって今さら魔法使いを罰する権限も彼女には無ければその気も無い。
そんなソフィの発言に便乗し、わざと会話に水を差して楽しんでいるベイクはケーキ二枚の合間に葉菜と削り取った四足獣の燻製肉を挟み頬張った。もりもりと膨れた頬が揺れる。
「そのバカ共に、世界の色んな人が助けられてるのよねぇ?」
「んで疎まれもして、挙げ句その畏れが祟り異端審問が変えられた、か? 連中の立場が強くなりすぎると困るのは以外の連中だものな」
口の中のものを飲み込んだベイクの口元は笑っていて、ちらとレアとその隣のアルフレイを見た。アルフレイは苦笑をして、レアも笑ってこそいたが少々怒気に歪んで眉がつり上がっていた。
「……ベイク殿の言う通りです。魔法師には才ある者でしかなれません、なりたくてなれるものではありません。そして僕の居た大陸を治める国では魔法師たちが権力を大きくし始めた。恐れたのは政治を司りながらも魔術の才無き者たち」
アルフレイが語り出す中、ベイクを真似てケーキの間に好きなものを詰め込んでいたセキレイが隣のベイクをちらと見上げる。
「シショー……?」
「どうせお前にゃ理解出来ねえよ。それより食っとけ、でないとオレがみんな食っちまうぞ」
恐らく話に加わろうとでもしたいのであろうが、そんな頭は無いものと知っているベイクはセキレイにきっぱり言って、彼女の反射的な反論を封じるべく彼女が手に持つケーキに手を伸ばした。
セキレイは彼のその手からケーキを逃すと、体を傾け遠ざけながら彼にべっと舌を見せた後、ケーキにかじり付く。
それを見てクスッと笑ったベイクはアルフレイを見て言う。
「ま、おっかねえよな。生まれやおべっか、あらゆる手を尽くしてようやく偉くなれたってのに、魔法使い連中にその座を奪われるなんざ。別に政治家連中ガ好きなわけじゃねえが、連中の立場になってそれ考えりゃオレでも身が竦む」
かもな――最後にそう付け加えたベイク。彼はグラスのジュースを口に含む。ブドウに似た酸味と甘味、風味が味覚に伝わり、彼はそれをしばし口内で楽しんだ後に喉へと通した。
アルフレイは彼の言葉を聞き、くすりと笑った。
「善くも悪くも、彼らもそのための努力はしてきたわけですからね。畏れが恐れへと変わるのも仕方がない……」
彼の目が手元の皿、樹木由来の蜜が掛かったケーキに落ちる。しかしそれは食欲からでは無かった。
「いずれは、な。だが今じゃねえ。仕方ないなんて諦めるのも早すぎだぜ、フレイ」
食べかけになっているケーキサンドに香辛料の粉末を掛けながらベイクが言った言葉に、はっとしてアルフレイの顔が上がる。
彼の尻目に顔を見ながら、不敵な笑みを浮かべたベイクは続けた。
「あのヤロウどもはきっと面白半分に人間を引っ掻き回してやがる。デカいのとやりあって分かった。お前の故郷をそうやってメチャクチャにして滅ぼし、そして今度はコッチも……ムカつくぜ」
お前もだろ――ベイクに訊ねられたアルフレイの表情が明るく変わり、笑みが溢れる。だがその目は裏腹に潤み波立っていた。そして肯く。
「はい……!」
「ああ、ワタシもだ!!」
アルフレイに続き、同調してセキレイが身を乗り出しながら声を挙げた。しんと、その一瞬、場が静まる。
「はん……」
「ん、なんだ。なにがおかしいんだ、シショー?」
真っ先にベイクが鼻で笑うと、すぐにムッとしたセキレイが彼をじとりと睨み訊ねた。だが、ベイクは答えず、代わりに彼は己の口角を指で突っつく。
すると次にソフィが笑い、更にレア。そして堪えていたアルフレイも遂には笑い出して、セキレイだけが何か分からずに首を傾げる。
クスクスと肩を揺らしながら、笑うどさくさ紛れに浮かんでいた涙をそれと誤魔化して拭ったアルフレイが彼女に告げる。
「ふふっ……ははっ……付いてますよ、ソース」
「んん? あっ……!!」
それで己の口元に付いた汚れに気付いたセキレイは、それ故に笑われているのだとも気付き、顔を赤くすると落ちるように椅子に座り急いで口を拭うのであった。
その間にも皿を空にしたベイクが「それじゃ……」と言う。
皆の視線が彼に注がれた。




