第6話
二
「――あのピカッてしてドゴーッてなったやつは!?」
それはコイツ――言って猫にでもするように襟首を掴まえ持ち上げたセキレイを、雑貨屋“ベイク”の前に集まった子供たちの前に差し出すベイク。
世界が危機に瀕したその時、救世の勇者は現ると言う伝説の通りに現れたことになるベイクは当然人々の注目の的となっていた。
――まずはこのウクバールという都市を治める者に顔を通し、それからほぼ壊滅に等しい街の片付けを彼らは手伝った。
ベイクの存在に救われるところもあるのであろう、生き残った人々は皆それぞれ心身共に傷を負いながらも、それでもなんとか前を向き笑うことが出来ていた。ベイクのおかげであると言うものも少なくない。
特に子供たち。
彼らは形はどうあれ勇者の物語を様々に聞き憧れだってしているのであろう、こうして連日ベイクへと群がっていた。
そんな中の一人がちょうど昨晩の戦いを見ていたのか、雷を出したのは何かと訊ね、ベイクがその答えとしてセキレイを差し出したのがつい今し方のことである。
子供の中に放り込まれたセキレイは彼らにあの戦いのことを説明し始めるのだが、饒舌で流暢であったのは初めのうちだけ、次々に質問攻めにされ次第にそれへの返答が追い付かなくなり始めた彼女の舌は絡まりだしていた。
「だからな、だからそれはな……ちょっ、シショー! あっ、だからね、それはね……だから……シショー! おいっ、シショー!!」
逃げるなあ――目を回しながら叫ぶセキレイに向け背中を向け、手を振るベイクは非情にして無情にも彼女を質問の嵐の中に一人置き去りにして店へと引っ込んでいった。
扉を閉める。外からは耐えかねたセキレイが遂に逃げ出し、それを追い掛けて行く子供たちの笑い声、喧騒が遠離って行く。
ようやく一段落出来たと溜め息を吐くベイクを出迎えたのは棚を並べ替えるのに忙しく行き来するアルフレイへと指示をしていたレアであった。
彼女は「お疲れ様」と苦笑して言うとアルフレイにも休憩を告げる。するとヒュダマンドラの睾丸が入った瓶を抱えたアルフレイがやって来て、彼もベイクをお疲れ様と労う。
そしてレアはカウンターの前に二人の分の椅子を用意すると、自らはその中に入って行き茶の用意をし始めた。
ベイクとアルフレイは隣同士。ベイクはカウンターに両肘を付いて顔を両手で覆い、そのまま溜め息と共に髪を掻き上げる仕草をする。それを見たアルフレイは苦笑を浮かべる。
「流石にあの戦いを見せられては、貴方を彼の者と疑う者は居ませんね。それほど凄かった」
カウンターに瓶を置いて、昨晩見たベイクの戦いを思い返しながら言うアルフレイ。ベイクはそれに対し鼻を鳴らし、言った。
「アレは相手が悪かった」
「……ベイク殿、でも……?」
「正直に言やぁ、天敵……」
けど勝てた――戻ってきたレアがカップを置きながら言った。その口調は僅かに強い。らしくないことを言うベイクを叱るかのような調子であった。
そんなレアに少々ばつが悪げになったベイクは湯気を立てるカップを手に取り、一口。僅かな苦みの中にある酸味が口の中に広がり、柑橘系の風味が鼻腔を抜けた。
アルフレイも同じように茶を飲むが、彼は熱いものが苦手なようで「あちっ」と短く悲鳴を挙げてカップを口から離して舌を覗かせた。
その様子を尻目にベイクは笑いつつ、続ける。
「アイツが、セキレイが居たからな。オレ一人だったら正直、此処でこんな風にのんびりしちゃあ居られなかったろうよ」
「……弱く、なったんじゃない?」
「レア殿……彼はそんな……」
いい――渋い顔をし、相変わらず強い調子でベイクに厳しく当たるレアから彼を庇おうとするアルフレイを、しかしベイクは制した。
アルフレイはそれでもと、彼にとって希望であろうベイクを護ろうとするのだが、彼が向けた青い瞳に見詰められると黙ることしか出来なくなってしまった。もう少し自分が彼について知っていればと、その時アルフレイは自らを恨んだ。
「弱くなんか、ならん。知ってるだろ、レア」
「けど、貴方がそんな風に言うなんてそんなこと……私……」
「相手は悪いが、それでもオレは負けんさ。セキレイのヤツも居る。……オレはオレの役目を果たすだけ、だ」
一転し声はその勢いを失い、目を伏せるレアへとベイクは彼女を元気付けようと言う。しかし彼女の表情は晴れない。
ベイクはそれを今回の敵の強大さ故のものだと思っていたが、その実は彼女が己の無力さに落ち込んでいるのだとは結局気付くことはなかった。そして彼が自らの代わりに隣に居ることを許している存在が他にあって、その力を認めていると言うことにも。
「……だから安心しろ、フレイ」
そんなレアからアルフレイへと目を移したベイクは彼にも不安を払拭するような言葉を掛けた。
アルフレイは小さく「それは、もちろん……」とそれに返事を返すばかり。場の空気は少々冷え込んでしまっていた。そこへ――
「こンのアホシショー! なんでワタシがこんな目に遭わなきゃならないんだ!?」
どうやら子供たちを撒いてきたらしいセキレイが扉を乱暴に開け放って入ってくる。木の葉や木の枝が引っ掛かったボサボサの頭やずり落ち掛けたスカートなど、激戦だったようである。
皆の視線が彼女に注がれ、その中でベイクが笑う。そして笑うなとセキレイが怒鳴った。




