第3話
闇夜の空を稲妻が引き裂く。
天蓋のように覆った闇の中を泳ぎ、そうして出来た裂け目からは白んだ夜空が見えた。
焦げた地面に座り込んだベイクはそれを見ながら「間違いねえ」そう得意気に、にやけ面をして呟く言葉はしかし雷が轟かせる音に掻き消されるのであった。
「しかしハデなモンだ。見物にもってこいだぜ」
空を見上げていた顔を降ろす。相変わらずのにやけ面が見るものは悠然とロイツォーンへ立ち向かうセキレイの背中であった。
そこには確かな自信が感じられる。
ベイクの言葉か、新たに手に入れた力に当てられたからか。
どちらにせよ調子は良さそうである。
よちよち歩きは卒業かな――ベイクは伸び始めた髭でざらざらとする己の顎を右手で撫でながら口の中で呟く。同時に「悪いモンじゃねえな」とも。
「ま、精々頑張れや。名前の鳥みたいに、上手く飛べるかな?」
一
力が湧き上がり、新たな剣と呼応する。滾る血潮の熱が体中を駆け巡り、そしてそれは力を雷へと変えて彼女、セキレイの体から放った。
「はぁぁあっ」
気合いを叫び、彼女の体が閃光と化した。得意の突撃である。
青と金色の混ざり合う残光が尾を引き、彼女を噛み潰そうと突き出されたロイツォーンの頭部と激突する。
凄まじいまでの衝突音は衝撃と稲妻を周辺へと撒き散らし、そしてロイツォーンの体が大きく弾き返され仰け反った。顎に生えた歯の一部、前歯が欠けていた。
天高く飛んで行くそれの頭部を追い掛けるように、セキレイはロイツォーンの腹へと飛び込むとそこに真紅の刃を立てながら勢いのまま駆け上がって行く。切り裂かれて行く怪異の腹部からは大量の血と臓物らしきものが溢れ出た。
そしてとうとう登り詰めたセキレイはロイツォーンの体を蹴って宙へと舞った。錐揉みしながら空中で体勢を整えようとしたセキレイであったが、その時、彼女の纏う青い閃光が形を成し、青い翼として広がった。舞い散る羽根が落雷となる。
「ベイクリング――!!」
その翼を羽ばたかせ飛翔するセキレイ。
滝のような血を流し、臓物を体内からぶら下げたロイツォーンはしかしいまだ死なず、しかしベイクと戦っていた時のようにその傷は癒えない。
そしてそれは四等分された頭部の外皮にひしめく突起物全てから、細い無数の触手を伸ばし拘束で振動するそれを縦横無尽に振るわせセキレイを細切れにしようとする。
カッとキたら、ガッと――セキレイはあの時ベイクが言った言葉を繰り返す。危険を前に、しかし彼女の血は熱く滾っていた。金色の瞳が煌々と燃え上がり、稲妻を放つ。
羽ばたき、空を打ち。セキレイは凶器の包囲網へと自ら飛び込む。剣を携え、閃光となりながら。
そして凡そ目で追うには早過ぎる、正しく光速の機動を行い、天翔る稲光のような軌跡を通った後に残しながらセキレイは、ロイツォーンの触手の網目を駆け抜けて行った。
それの目の前へ突如姿を見せたセキレイ。遅れて彼女の背後では無数の触手がことごとく細切れになって落ちて行く。ただ駆け抜けただけではなかったのである。セキレイは宙で前転する。
「――バットラックス!!」
すると一回転し勢いの付いた彼女の両の踵が雷を纏い、まさに落雷の様相を伴ってロイツォーンの頭部へと落ちた。びしゃりと轟いた音も、雷鳴そのものであった。
凄まじい衝撃がもたらされ、ロイツォーンの頭部は陥没。強制的に噛み締められた両顎の歯は砕け散り、口腔からは血が噴き出る。そしてそれの頭は地へと墜ちた。
巻き上がる煤に顔を逸らし、それから手を仰いでそれを払うベイクが空を見上げると、そこには青い翼を広げるセキレイが居て、そして彼女は剣を構えていた。
「……決めて見せろ」
言うと、雄叫びを挙げたセキレイが二回目の落雷となって地を這う異形の蛇竜へと迸る。
瞬きする時間も無い、一瞬すらも長い刹那的な瞬間。雷鳴すらも遅れて轟く。ロイツォーンの大きく陥没した頭部に、翼をはためかせながら佇んだセキレイが既に居た。
彼女はそれの頭部に深々と突き刺さった剣を力一杯に引き抜くと吐息を一つ。
か細い稲妻をその身に纏いながら少女はやがてそれから飛び降りると、血を払った剣を肩に担ぎながらベイクの方へと歩み出した。朽ちて塵へと還って行く、闇のものを背に、振り返ること無く。




