第2話
そう言って背中に掛けている剣、ライディーンを手に取り、彼女に対し異常なまでに警戒するロイツォーンへとセキレイは突き付ける。
「言うようになったじゃねえか。えぇ? おい――」
威勢良く啖呵を切った彼女の背後へと徐に降り立った炎の魔人ベイクは、何処か小馬鹿にでもした調子で彼女に語り掛けながら、両足の爪で床を傷付けながらカチャカチャ音を立て歩み寄って行く。
「――この、バカシショー!!」
「おっと……これはこれは」
「どうしてシショーはこう……イロイロ心配にさせるんだ!?」
すると突如セキレイが振り返り、それまでロイツォーンへと突き付けられていた剣の切っ先が、今度はそのままベイクへと突き付けられた。
立ち止まり両手を上げたベイクであるが、彼女の謎の訴えに対しワケが分からないと言った様子。
そのワケを考えながら、彼は顔の横まで持ち上げた両手のそれぞれの五指をひらひらと泳がせ、如何にも考え中というような仕草をしてみせる。
ただ、じっと見詰めてくるセキレイの金色の眼差しは痛いようで、やがて彼は諦めてように数回頷いた後に渋々と言った。
「……オレが何をした?」
ウンザリした調子で言うベイクであるが、異形の髑髏面――しかも燃えている――でセキレイと相対する様相は些か奇妙なものであった。
そしてセキレイもそれがベイクであると理解している以上は臆することは無く、かといって自らの気持ちに整理が付いているわけでも無いようで彼からの問い掛けに対しぐっと押し黙り、ばつの悪い顔をした。
「それがお前の悪いクセだ。ちゃんと言葉を用意してから言うんだよ、そういうことは」
「う、うるさい! シショーがちゃんとしてればこんなこと……こんな風にならずに済んだんだ……」
「あン……?」
なんでもない――熱を予感させた顔をベイクに見られないように急いで踵を返したセキレイは再び唸りを上げているロイツォーンを見上げ、睨む。
「さっさと終わらせるぞ!」
ライディーンを構えるセキレイの言葉にベイクはいつも通り、鼻を鳴らして笑う。
そして彼女の傍らへと歩み出しながら、その身を元の人の形へと還したベイクは、更に鎧デビルズスケイルを腕輪に変形させると彼女の肩へと右手を乗せ言った。
「ああ……《《お前が》》、な」
「――え?」
貸しな――そう言って唖然としているセキレイの右手ごと、そこに握られている彼女の剣を手繰り寄せ、そしてベイクは己の左手をその刃へと押し当てる。
何をするのかと慌て出すセキレイを尻目に、不敵な笑みをその顔に浮かべたまま、彼はそのまま右手を引き彼女の剣で己の左手を傷付けた。思わず目を伏せるセキレイ。
しかし彼女がその目を再びベイクへと向けた時、その変化に気付く。これまで白銀をしていた剣の刃を流れ落ちて行く鮮血。それはまるで剣に飲み干されたように、瞬く間に消失。そしてじわりじわりと、刃が真紅へと染まった。
「――レディ・ライディーン、だ。今のコイツなら、思い切り振り回しても耐えるだろうよ」
「……どゆこと?」
「時は来た……にはまだちょっと早えかもだが、一応合格って事だ。ほら、行け」
剣を返したベイクは言いながらセキレイの背を押す。押された勢いでつんのめりながら、何が何やらと困惑したセキレイは彼に振り返った。
するとベイクは己の傷付いた左手を揉み、肩の傷と同じように水の魔法によって出血を留めつつ己を不安そうに見ている彼女に鼻を鳴らす。
「ニブいな、お前の好きにアイツを料理してやれって言ってんだ。レディ・ライディーンと一緒に、な」
そして彼はその場にどかりと腰を下ろし、一番の重傷である肩の傷を労るようにしながら痛みと疲労にくたびれたような、爺臭い呻き声を上げる。最後に言った。
「《《カッ》》とキたら《《ガッ》》と行け。――テメエを信じな」
思わぬ大役を任されてしまったセキレイは、そんなベイクを相変わらず横暴だと感じ、そして思いつつも彼が己に新たな力を与えた理由を考える。
刃を紅に染めた新たなるライディーンの姿。婦人のその名の通り、それはまるで口紅を差したようである。
これまで無かった鳴動する力、魔力を柄を握り締める右手から感じながらセキレイは、彼の言葉はつまり自らが進歩したという証なのかと疑った。
自分を信じろ――ベイクの言葉が蘇る。そしてそんな適当で横暴なベイクを信じると言う自らの言葉も。
晴れなかった少女の表情が引き締まる。
見上げた先にある、鎌首をもたげた怪異と一人対峙し、彼女は新たなる姿の剣をそれに突き付けたまま腰を落とし構えた。
雷が舞い散る。彼女の一つに結われている白銀の髪は風も無しに踊り、毛先は青く半透明に変わって、全体は金色の双眸と同じように発光をしていた。
「――征くぞ!!」
セキレイが咆えた、そして邪悪なる星の主もまた咆哮した。
雷鳴が低く、そして雄大に轟く。




