第10話
「セキレイ、貴女が本当にあの人……ベイクのように出来ると? 彼のようになれるとでも言うの?」
三人が一斉に顔を上げてレアを見る。
アルフレイとソフィの二人は彼女の意図を理解できないらしく、白黒する目で互いの顔を見合うと頭に疑問符を浮かべた。
しかしセキレイだけは違って、レアの言葉にいつぞやの自分の言葉を思い出していた。鍛錬中、出来ないと嘆く自分。
そしてその度にベイクの言っていた言葉も。
そこに辿り着くまでに、自信を無くしうつむきかけていた顔を持ち上げたセキレイは、金色が輝く双眸をレアへと向けると食い縛っていた唇を放し、そして言う。
「――出来る! やってみせるし、なってみせる!!」
するとレアは手にした杖の片方を持ち上げ、そして石突きを荒れた石畳へと叩き付ける。
コンと言う小気味の良い音が響き、真剣な眼差しを向けて彼女は言った。
「口だけなら誰だって言えることよ」
セキレイへと向いていたアルフレイとソフィの視線が今度はレアに向く。
「口だけなんかじゃ、ない!」
そして今度はセキレイに視線を戻した二人。
既に二人の腕には力は入っておらず、セキレイは徐に拘束から抜け出すと立ち上がり、自らとほぼ同じ身長のレアの目を真っ直ぐに見詰め返した。
レアが更に言葉を紡ごうとする。しかしセキレイがそれに先んじる形で告げる。
「シショーがいつも言ってたんだ……お前なら出来るって」
「そんなこと、誰でも言うわ」
「シショーのは違う!」
「どう違うというの?」
そこで繰り返された問答が途切れた。
成り行きを見守っていたアルフレイとソフィの視線が押し黙ったセキレイへと向けられる。なんと答えるつもりなのかを期待する眼差しだ。そしてそれはレアからも注がれている。
遠くにベイクが戦いを繰り広げる音と、怪異が挙げる咆哮が響く。
セキレイは下ろしていた右手を持ち上げると、開かれている五指をぎゅっと固く握り締めながら、すると再びレアを見て遂に答える。
「シショーはテキトーで面倒くさがりだ。意地悪でウソだって平気で吐く」
彼女が口にするベイクと言う人物について、アルフレイはポカンと目を丸くし、ソフィは「なんだいそりゃ」とまるでろくでなしのような彼の者について呆れてしまう。
レアもまた、自らの知らないベイクのそんな一面を聞いてついと頬が綻びそうになるのを必死に堪えていた。故にその表情は一見険しい。
セキレイは臆せず続ける。
「ケド、人を騙したり傷付けたりするようなウソは吐かない。シショーは根っからの勇者だから。だから、自分を信じろと言ったシショーをワタシは信じる。ワタシだって、ワタシだってシショーを信じてるから!」
――やれば出来る、自分を信じろ。ベイクはいつだって出来ない、駄目だ無理だと嘆くセキレイへと言っていた。
あの勇者ベイクが出来ないことを言うはずがなく、させるワケがない。
それはつまり――
「ワタシは勇者になる。なれる! シショーのようにだって出来る!!」
ワタシは――
「ワタシはシショーの、勇者の弟子なんだから!!」
刹那、辺り一帯が青く染まる。
何事かと二人が気にし出した時にはもうセキレイの姿は無かった。
何処に消えた――驚嘆を挙げ立ち上がったソフィが辺りを見渡す。そして相変わらず石畳に座ったままでいるアルフレイの外套の胸ぐらを掴み上げると何があったのかと、セキレイは何処に消えたのかと問い詰めた。
アルフレイはソフィによって気道が塞がれかけ、苦しげに歪み赤くなって行く顔のまま、建造物の方を指差す。
「意味が! 分からないよ! それじゃあ!!」
口で言いなよ――きぃと声を高鳴らせながらまくし立てるソフィにアルフレイはしかし「く、ぐるじ……」と絶え絶えにしか言えなかった。
そんな二人など気にもせず、視界に薄れ行く残像だけを焼き付けて目の前より消え失せたセキレイに小さく溜め息を吐くレア。その表情は満更でもなさそうな、そんな笑みであった。
「師に似るのかな……本当に、ベイクそっくり」
そして徐に振り返り、戦いの閃光瞬く建造物の頂を見上げたレアは真剣な眼差しを向けて、そして更に言う。
「――なら、私も信じる。セキレイ、貴女を。だって……だって私も信じてるもの。貴女に負けないくらい信じてる……ベイクのこと」
自分ではもう、彼の隣に立って一緒に戦うことは叶わない。それほどにベイクは強くなり、そして自らは衰えた。
どうかベイクの力になってあげてほしい――救いを求めることを許されない、哀しき勇者をレアは想う。
ベイクの救いとなってほしい――そんな勇者を継ごうという、まだ幼い雛鳥の、まだ小さな翼にその願いをレアは託す。
――すると闇空を引き裂き、一筋の青い稲光が頂へと落ちた。




