第9話
五
合流したレアたちと共に彼女の店へと帰ってきたセキレイは、そこに集められた街の人々や護衛につく異端審問官などを目の当たりにした。
どうやらレアとアルフレイの二人が変容した街中を駆けずり回って助け出してきた人々のようである。
皆がレアに礼をしたり尊敬の眼差しを向ける。あの異端審問官たちでさえ、負い目からか明確にはしていないがそんな様子が微かに見て取れた。
理由はもちろん分かる。しかしセキレイはどうにも悔しくてツンと唇を尖らせながら小石を蹴飛ばすのだった。
「腐ってんじゃないわよ」
「あたっ!?」
そんな彼女の肩を小突いたのは拳骨。直前までセキレイが担ぎ、最後には投げっ放した少女ことソフィの拳骨である。
纏うコートの防護効果により痛みはないのだが、半ば反射的な悲鳴を挙げて彼女を向いたセキレイのやはり不貞腐れたような目にソフィはふんと鼻を鳴らすと告げる。
「アンタだってちゃんと助けたろ。その……アタシ、とか」
「それは……シショーに言われたから……」
「シショー? ああ……アイツ、か……」
照れ臭げに顔を逸し、なおかつ頬を掻いたりなどしてみながら言うソフィであったが、セキレイの表情は晴れない。
結局は言われたことをしたまでで、それもままならなかったのだから当然である。
対してソフィの方もセキレイの口からベイクの事が紡がれると照れていた表情に影が落ちた。彼女にとってみれば彼は仲間の仇も同然であるのだから。
それが筋違いの逆恨みだとしても、はいそうですかと許せるほど彼女と仲間たちとの絆は安くはないのである。
怪異も恨む、しかしベイクも許すことは出来ない――
「どうやら大陸から渡ってきた審問官たちに蟲は既に巣くっていたみたいです。無事な方々は皆、此方の方の出身でし、た……って、どうしたんです?」
無事な人々に喜ぶ反面、やはり己の故郷こそが元凶であるという事実に笑みに影を孕ませているアルフレイが帰還したセキレイへと一応と報告にやって来る。
しかし彼女が連れて帰ってきたソフィと共に何やら落ち込んでいるソレイユに彼は困惑。恐る恐るワケを訊く。
別に――二人から揃って取り付く島もないと言った感じの返答をされ、困惑した表情をますます色濃くしたままアルフレイはその場に固まってしまう。
そんな時である。
突如揺れと共に鳴り響く地鳴りに皆が動揺する。
落ち込んでいたセキレイたちも警戒態勢をすぐさま取って辺りを見渡した。アルフレイ曰く何が起きても不思議では無い現状、この怪異が取り除かれるまでは気を抜いている場合では無い。
あれはなんだ――住民の一人から声が挙がる。
指差したのは上空。その先にあるのはあの建造物である。
セキレイたちもそこに注目する中で、光芒をその頂より無数に迸らせた建造物はそこを爆発させる。凄まじい轟音と衝撃が降り注ぎ、既に神経を磨り減らしている人々から悲鳴が挙がった。
「――なにさ、アレ」
ソフィが呟く。
彼女の視線の先と同じものを見ているセキレイは愕然としながらも「もしかして、あれは」と己の予感に胸を高鳴らせる。
すると二本の杖を持ったレアが彼女の横へと並び立つとそれを見ながら神妙な面持ちのままに言う。
「ベイク……」
「シショー!? でも、あんな姿、ワタシ今まで見たこと……」
レアの一言に驚嘆し、彼女から再び視線を建造物の頂へと戻すセキレイ。そこには十二の翼もとい火柱をその背に広げる、遠目からも分かるような異形があった。それにベイクとしての面影は無い。
だが拭い切れないのはそれがベイクなのでは無いかという予感。困惑極まる表情をしたセキレイはただそれを見詰める。レアは彼女の様子を窺い知り、そして口を開いた。
「あれは……あれはサタンを倒すために、他の悪魔とベイクが一つになって出来た姿なの。私の記憶とも、もう少し形状が変化してるみたいだけれど、間違いない、アレはベイクよ」
ベイクの弟子であるというセキレイには知る必要があるだろうとの判断から彼女へとベイクのあの姿について告げるレア。
しかし当のセキレイはと言えば、何を物知り顔で、とそんなレアの言動に対しまるでベイクとの関係性の違いを見せ付けられているように感じて、そして彼について知らないことの方が多いことが悔しく感じて、表情を歪める。
すると再び建造物の頂に変化が生じた。
異形化したベイクの体躯を遥かに上回るほど巨大な怪異がそのボロボロの体を起こし、鎌首をもたげて咆哮を挙げたのだ。
それに反応したのはアルフレイであり、彼は小さく震える唇にて「闇の種族」と呟く。
ベイクと怪異の対峙はいまだ終わってはいない。
それを知った直後、渦巻く様々な感情が元々の気質の背を借りて、そしてセキレイの足を掛けさせた。
「っ……待ってろ、シショー!!」
「ちょっ、と!? 待ちなよ!」
「そうです! セキレイ殿!! 駄目だ!」
そんなセキレイにギョッと目を見開き、真っ先に叫んだのはソフィであって、それにつられアルフレイもセキレイへと止まるように叫んだ。
自分の判断が正しいと分かったソフィは咄嗟にセキレイの背中へと飛び込み、彼女の腰に両腕を巻き付けるとぶら下がる。
しかしセキレイはソフィを引き摺りながらも止まらない。「ジャマするな〜!」と言いながら歩を進めて行く。
すると今度はアルフレイが彼女の片脚へと抱き着くと、ついにセキレイはその場に転倒して止まった。
だがそれでも進もうと彼女は地面を両手で掴み、這ってでも行こうとする。アルフレイが言った。
「我々が行ったところで、ベイク殿の足手まといになるだけだ! あの場はベイク殿に……勇者殿に任せましょう!」
「い、イヤ、だ! ワタシだって勇者になるんだ!! シショーみたいな勇者に〜〜っ!!」
「はぁ!? なによ、アレ本当にあのベイクなの!? 英雄ベイク!?」
「ぐぬぬぬっ……待ってろ、シショー! 今行くぞ!!」
三者三様。
互いに言いたい事を言いながら地を這う三人の姿はとても滑稽であったが、セキレイの必死さは本物であった。
彼女の体に一筋、そしてもう一筋と青い稲光が跳ねた。アルフレイとソフィの二人から悲鳴が挙がる。
「……」
セキレイのそんな姿を驚きつつ見ていたレアは、彼女に何処かベイクと同じものを感じる。
そして彼女はその場より歩み出すと、二人をぶら下げたセキレイを追い越し、すると彼女の前で立ち止まり振り返ると通せんぼしながら言った。




