第3話
二
シショー――遠い呼び声にベイクのまぶたがゆっくりと持ち上がった。彼の目の前には横向きになったセキレイのムッとした顔があった。
表情こそ、赤茶色の瞳こそ異なるが、その髪といい雰囲気は彼のフォルトゥナに彼女は似ている。そうベイクは思う。
「メシか?」
「それしかないのか、シショー……」
それは半ばベイクの代名詞で、寝ているところを起こせばまず必ずその言葉が飛び出す。
呆れ果てるセキレイであったが、ふいと彼に背を向けた彼女は呆れつつ「メシでは、ある」とベイクに本を投げ付けながら面白くなさそうに言うのであった。
「……だと思った」
「テキトーなこと言うな。シショーはなんでもテキトーが過ぎる」
「例えばお前の名前とか、か? 真面目は趣味じゃない」
ハンモックの上にあぐらをかき、飛んでくる本を片手に受け止めながらベイクがセキレイをからかうと彼女は横顔を彼に向けべっと舌を出して、そして言う。
本をあぐらの上に置きつつ、料理の並ぶテーブルへ向かうセキレイに件の“テキトーさ”についてとぼけた調子で訊ねるベイク。
彼は彼女からの返答を待つ間、自らの脹ら脛を揉みながらハンモックを揺らした。
「名前は別に良い。自分でも意外だが、気に入ってるから」
セキレイとは鳥の名前であるらしい。セキレイはベイクからそう聞いていた。此方の世界には居ない鳥の名前なのだとか。
勇者にして英雄ベイクが七百年にも及ぶ遥か次元の旅を終え帰還し、そして自らに付けてくれた特別な名前。彼女にとってセキレイとはそうであった。
「そりゃ良かった。んじゃ、なんなんだ?」
ようやくセキレイからの返事があったので、よっこらしょと爺臭い台詞を吐きながらハンモックから降りたベイクが更に訊ねる。
「やることなすこと、名前以外全部だ。特に教え方。正直、あのベイクがこんなテキトーだとはガッカリしたんだからな」
どかりと乱暴に引いた椅子に腰掛けたセキレイはさっさと一人で食事を始めながらそんなことをベイクに告げた。
そりゃ悪かった――悪びれないベイクもまたセキレイの向かいに座ると、互いに挨拶も無しに料理に手をつけて行く。
量は膨大で、野菜と肉などそれらはほとんどそのまま。野菜であれば洗って適当に切って盛られているだけだし、肉なら焼いてあるだけの塊だ。
しかし今日は珍しく、手前の器に白い煮込み料理が置かれていることにベイクが気付く。シチューだった。
「戦いの腕前はまだまだだが、なかなかどうして、料理の方は上達が早いらしい」
悪戯っぽくベイクが言うと、彼に向かってフォークが飛んだ。ベイクはそれを人差し指と中指の間で難無く挟み止めると、それを投げたセキレイを見て笑う。「言ったろう、戦いの腕前はまだまだだってな」彼が更にそれを告げるとセキレイは見る間に顔を赤くし、手にした骨付きの肉塊へとかじり付きながら言った。
「シショーと違ってレシピはちゃんとしてるからな、もうレシピの方をシショーと呼ぼうかな!?」
そうしてがつがつと手当たり次第に大量の料理を口に放り込んで行くセキレイに肩を竦め「好きにしな」とベイクはやはり笑いながら言うのであった。