第8話
――ギャハハハ、見ろヨあの面ァ! 親の顔が見てみてえゼ!! ――気ヲ抜ク、ダメ、ベイク ――あんなヤツに負けたら貴方の魂、いつまでも燃やし続けて死なせてなんかあげないんだからね
やかましい――そんな事を言ってみたところで黙るような連中ではないことをベイクはよく知っていて、故に騒ぎ立つ悪魔たちなど居ないもののように扱い無視を決め込みながら、広大な顎を開けて甲高く咆哮するロイツォーンを見上げ睨む。
全身に纏う蟲たちは逆立ち、裂けてめくれ上がったそれまで頭部と思われていた外皮の裏側にはびっしりとフジツボか吹き出物のような突起がひしめいており、山形のそれらの頭頂部からは細かく震える細い触手が顔を覗かせていた。
悪魔もかくやと言うような悪趣味なその見た目に、ベイクは無い鼻を鳴らした。
そんな仕草が緊張の糸を断ち切ったのか、そして先に動いたのはロイツォーン。
それは人とよく似た形状の顎を開口しベイクへと飛び掛かる。
丸呑みにでもしようというのか、しかしベイクは背面の火柱にて瞬間的に加速し、真横にスライドするとロイツォーンの着地点から逃れた。
ベイクを逃し、虚しくも頭から着水をしたロイツォーンであったが、それはそのまま粘液の海に潜り込んでしまう。これまでのような緩慢な動きとは違う、まさしく水を得た魚のような素早さであった。
敵を見失い、宙に浮揚したままのベイクは前方に気を配り襲撃に備える。
――右ダ! ――バカ! そりゃ左だゼ!! ――いいや後ろだ。――悪魔らしく惑わせてやる! ――バラすんじゃねえ!! ――気ヲ抜クナ。
「ノンキな連中だぜ……チッ」
ベイクの集中を掻き乱すように騒ぐ悪魔たち。
そんなものに文句の一つも言おうかとした時、彼の背後から飛び出してきたロイツォーンを再び回避してみせる。
連中に構っていてはそれこそ思うつぼである。更に右から左から、時に正面から出現しガチガチと歯を打ち鳴らすロイツォーンの姿を必死に追いながらベイクを現状の打開のために打って出た。
ベイクの背後を取り、全身の筋肉を使い水中から飛び出したロイツォーンは今度こそ彼を噛み砕くべく、ものの腐ったような悪臭を放つ大口を開いた。
「臭うってんだよ、臭過ぎるぜ」
――が、当のベイクはといえばロイツォーンの気配に気付いていないわけもなく、回し蹴りを放つと自らよりもずっと巨大なそれをしかし大きく蹴り飛ばし水中へと叩き付け沈める。
そうして再び水中を潜行し始めた怪異に舌打ちしたベイクは胸中に積もり積もった怒りへと意識を向け、そしてそれに火を付けた。
直後、カッと体の内側より煮えるような熱を覚えたベイクは唸り声を挙げながら全身にこれでもかと力を込めてそれを抑え込みにかかった。
すると彼の全身を焼く炎が胸に空いた空洞に収まっている全ての火種たる火球へと集中し吸収されて行く。その瞬間だけはベイクの変貌を遂げた異形の体躯が剥き出しとなる。溶岩や消し炭のような漆黒の体躯。
だがその胸にある火球だけは燦々と変わらず輝いており、唸り声を苦しげな呻き声へと変えていたベイクであったがそれが途切れる。
隙と見たか水中より姿を見せたロイツォーンが彼に食らいつく。しかし怪異の巨体はその歯がベイクへと掛かろうかと言う直前、生じた熱波に歯は赤熱し歯茎は焼かれ泡立つ。
悲痛なまでの悲鳴を挙げて跳ね返るように長大な体を仰け反らせたロイツォーンは水中に倒れ込むとのたうち回った。
「ベイクリング――」
そしてベイクが唱える。
「――フレア……バーストォオ!!」
刹那ベイクが咆哮し、ここまで抑え付けていた怒りと熱を一気に解き放った。
四肢をなげうち、胸の火球が炸裂するとそこから溢れ返った炎がベイクを飲み込んで行く。そうして火球そのものへと変じた彼の様相たるや、それはまるで灼熱に燃え輝く太陽。
「燃え尽きろぉぉお!!」
それから噴き出した熱波の嵐は瞬く間に毒の海を干上がらせ、その中に潜んでいた傷付くロイツォーンを無慈悲にも露にするとその巨躯を全身余すことなく焼いて行く。
全方位。暗闇に突如として出現したベイクという太陽に照らされ、浮かび上がる星座は光の中へと秘匿される。すると闇もまた光に上塗りされ、ただの一室と化した空間はやがて内包する膨大な光と熱を抱えきること叶わず崩壊。爆発した。




