第7話
――メガセリオンアドベント。
ルシファーが彫造せし鎧、デビルズスケイルに封じられた六六六もの悪魔の力を解き放ち、それの全てを吸収したベイクの今の状態をそう呼ぶ。
その姿は凡そ人と呼ぶには両腕と両脚、頭がある以外はあまりにかけ離れ、それはどちらかと言えば悪魔のその姿に近しい。
一対の角に眼球の無い燃える眼孔、獣のような牙の並ぶ顎。
体中には岩のような刺が到るところより突き出ていて、両手と両足の指には鋭い爪が生えていた。臀部には背びれの並んだ脊椎から続いた長い尾っぽまである。
そしてそんな異形の全身は深紅の炎に包まれ絶え間なく燃え続けており、六対十二枚にもなる火柱による翼も依然としてそこにはあった。
「――征くぞぉおらぁあ!!」
獣の咆哮と化した雄叫びを挙げながら、ベイク=メガセリオンの全身を包む炎が一気に大きくなり、その背中では巨大な爆発が起きてそれに突き飛ばされる形で彼は毒の海に沈みその半身のみを覗かせているロイツォーンへと突撃した。
彼を止めようとロイツォーンから分離した蟲たちが飛び掛かるなり触手を伸ばすなりして妨害を行うが、ベイクが纏う炎が発する極限の熱によりそれらは炎に焼かれるまでも無く燃え上がり塵へと還っていった。
横たわるロイツォーンへとベイクが迫る。
すると危機を悟ったそれは巨躯をうねらせ、尾と呼べる部位を振るいベイクを迎撃する。メガセリオンへと変貌を遂げ、ただでさえ巨漢であったベイクは更にその体格を巨大にしていたが、それでもロイツォーンは別格。
轟――と風すらも薙ぎ払い襲い掛かった尾の一撃を受けたベイクはそれと共にロイツォーンの直前まで迫りながらも敢え無く水面へと叩き付けられ、巨大な水柱をそこに立てた。
勢いもある、質量も。しかし水柱が生じた大半の理由はベイクという膨大かつ究極的な熱量が水中へ没したための爆発である。
徐に、それまで水中に浸っていたロイツォーンの頭部が持ち上がる。それは尖った鼻先――とでも言うべき場所にある――の触手を宙に漂わせながら、“力”が没し泡立つ水面を見詰めた。
すると突如ロイツォーンは姿勢を崩し、再び水中へと沈み込んだ。否、引きずり込まれた。それと時を同じくし、ぼわりと籠もったような音を響かせ再びの爆発が水面に起きる。
巨大な素蒸気の塊から飛び出したのは火の玉ならぬベイクであって、彼はその両腕にしっかりとロイツォーンの尻尾を抱き抱えていた。彼がそれの尾を引き水中に沈めたのである。
宙に浮揚したまま、ベイクは己の両腕へと更に力を込め、そして掴まえた尾を引く。すると彼の頭へと声が響いた。
――コロセ、コロセコロセコロセ!! ――ベイク! 待ち兼ねたぞ! 殺戮だ!! ――殺してやるぞ、殺してやる! ベェェイク!! ――血ヲ見セロォォ……血ガ見タイィィ……ァァァ……――メフィストは何処だ!? ――ニンゲンめが、その心、今こそ喰ろうてやる!! ――熱イ熱イ熱イィィ!!
「うるせえ連中だ。だから、これすンのはイヤだったんだ」
無数の声。纏まりは無く、どれもこれもが好き勝手に言葉を紡ぐし、ただ叫ぶだけだったりとまさにその様相は阿鼻叫喚。己の欲望をぶちまけ、中には己を倒したベイクを罵倒するものも。
それらの声の正体は鎧に宿った六六六の悪魔たち。正確にはその中でも取り分け強力な一部であるが、それでも多い。
力の解放に伴う魂の覚醒により一斉に口を利き始める悪魔たちにウンザリと言った調子で毒づくベイクは、そんな彼らを無視してロイツォーンの尾を力一杯引っ張った。
――征け! 征けェ!! 我らが力を思い知らせるのだ!! ――何デモ良イ! 暴レロ!! ――ベイク! ベイクゥゥ!!
「黙って、いやがれ――!!」
そして背の噴炎を最大出力で噴き上げた彼は、遂に彼のものの巨躯を引き摺り上げ、そのまま宙で回転を始めた。
持ち上げられたロイツォーンは長大なその体を遠心力に引かれるままに一直線に伸ばしたまま、ベイクにより何回も振り回される。何回も、何回も。
――見せてみろ、ベイク! ――貴様ノ力! ――我らの力と共に!!
「――ォォォオ!!」
風車のような凄まじい勢いで回転を続けていたベイクであったが、やがて彼はその手を放した。すると拘束が解かれた直後、勢いのままにロイツォーンは宙を駆け、そして再び、壁へと叩き付けられる。頭部の尖端から、それは強かに。
水飛沫を上げ水面へと沈むロイツォーン。
その様子を高みの見物と、異形のベイクは見詰める。
――まだ足りない。もっともっと、ヤツを痛めつけてやる。
込み上げる怒りの感情に悪魔たちが同調し、雄叫びや笑声を挙げる。悪魔たちは彼を諫めはしない。彼のその感情こそが力であり、悪魔はそれを糧とするのだから。
長きに渡る封印から、久々の解放と相成って溜まった鬱憤の全てを此処にぶちまけなければ、ベイクだけではない、悪魔たちも収まりが付かないのだ。
そんな彼らの想いに応えでもするように、甲高い、悲鳴のような音を立てて水面が爆ぜる。飛び散り雨となった毒であるが、ベイクへと降り掛かろうと蒸発し蒸気を上げた。
ゆっくりと深く、彼は炎が混じる吐息を牙の合間より溢す。
そしてその首が徐に上を向いて行くと、ベイクの燃ゆる炎の双眸に映ったのは立ち上がり、頭部を四つに引き裂いてその中に備えた人のような顎を剥き出しにしたロイツォーンの真の姿であった。




