第10話
星辰巡り、正しき時に現れ出でよ。
星辰巡り、正しき時に現れ出でよ。
其は星宿の主、我らが主。
其は宿星の主、我らが主。
嗚呼、ロイツォーン。
嗚呼、ロイツォーン。
ロイツォーン、偉大なる我らが主。
ロイツォーン、偉大なる我らが主。
出でよ、出でよ!
出でよ、出でよ!
――そんな歌で頭が満ちる。
悶えるリオンが纏う法衣の下で何かが蠢く。
法衣の下? いいや違う、それは彼の皮膚の下で蠢いていた。
それこそがベイクが気に入らないとし、彼を苛立たせる原因であり、この混乱の元凶。彼とそしてセキレイもまたそれを知っている。
やがてリオンは己の声で絶叫を挙げる。
口角が裂けんばかりに開かれた口からは絶叫と共に赤い霧と見紛う程に細かく舞い散る血液が噴き出し、鼻腔から耳から、そして見開かれた両目からも血を流した。
そんな彼の真っ赤に染まった眼球は休むことなく暴れ回り、そして眼孔から少しずつ浮かび上がってきてはやがて、遂に眼孔から眼球が飛び出した。両目共である。
しかしそれは零れ落ちることなく形を変え、何か丸みを帯びた突起物のようになって行く。リオンの両目から飛び出したその突起物は波打つように内部が律動し始めた。
そして彼の口の奥からは無数の細い触手が十本、大挙して押し寄せ溢れ出すとそれぞれが好き勝手に暴れ出し、最後には顎を備えるように変化した舌が飛び出す。触手は鼻腔や耳からも出現していた。
そうしてリオンは頭部を無数の触手で覆い尽くした醜悪なる怪異へと変容を果たす。
星宿の主がロイツォーン、その眷属たる信徒。
歌うもの、讃えるもの、“アンセム”。
その名をアンセム・ロイツォーストー。
声か咆哮ともつかない、空気が勢い良く抜けて行くような、人か獣か曖昧となったかつてのリオン。今のロイツォーストーはそんな奇っ怪な“音”をもはや口腔と呼ぶべきかも怪しい器官より発しながらベイクへと両手を振り上げ大股で、まるで知性を感じさせない動作で以て迫って行く。
そして触手たちの間合いへとベイクが収まった直後、十以上ものそれが一斉に彼へと向かい伸びた。絡め取り、身動きできなくしたところを舌が変化した顎で仕留めようというのだ。
だが、そのような手に、例え手負いであろうともベイクが捕まることはなかった。そもそもとして、ロイツォーストーのそれはなんの搦め手も無い正面突破。
「その浅ましさは似合いだぜ。もちろん、中身の軟体野郎にだがな!」
もはや躱すまでも無い。
体中に絡みついてくる触手を歯牙にも掛けず、眼前にまで迫ったロイツォーストーが遂に突き付けた顎。ベイクはそれに向け、大剣を手放した代わりに硬く握り締めた拳に抑えきれぬ炎を燃やし、叩き付けた。
舌に生じたロイツォーストーの顎は存外に堅牢で、炎を纏うベイクの拳に牙を食い込ませ血を流させるが、彼はそんなことに構わずそれを振り切る。
顎を飛び出してきた口腔へと拳と共に押し戻し、そのままベイクの手は怪異の口腔へ。その先で何かを掌握したベイクは左手でロイツォーストーの頭を押さえ付けると、力一杯に右手を引っ張った。
「ぶっ潰してやるから、その面ァ――拝ませろ!!」
身悶えるロイツォーストー。それの口腔に突っ込まれたベイクの右手は血塗れになりながら、しかしそこから、全身至るところから触手を生やしたあのナメクジのような蟲を引き摺り出した。
ロイツォーストー。
その正体こそ、この蟲である。
ベイクは蟲を己の足元へと強かに叩き付けると、血を蒸発させながら燃える右手を高々と振り上げる。
「爆ぜろ!!」
ベイクリングフォールダウン――そして炎の鉄槌が下り、蟲は一瞬膨張した後、拳が打ち込まれた内側から生じる爆発によって跡形も無く爆散した。
肉片も残らない。瞬く間に蒸発し、散るのは火の粉のみ。
余波は床すら打ち砕き、セキレイと少女を煽った。
衝撃波から少女を庇い、背を向けていたセキレイがベイクを捜してかぶりを振る。彼は変わらずそこに居た。
炎の中に佇み、その青い瞳は果たして何を見るのか。




