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第9話

 ベイクを迎え撃たんと躍り出たガンダーの胴が断たれ、水の詰まった風船が割れるように大量の鮮血が溢れ出す。


 凄惨たる光景にセキレイは言葉を失くし、彼女が抱える少女の絶叫が響き渡る。


 斧を掲げたままの上体が地面へと落下し、残された下半身もまた倒れる。しかし大量の血こそ流れ出ようとも、不思議と人の中に詰まっているはずの臓器が顔を出すことはなかった。


「惨いことしやがる……」


 ますます以て気に入らねえ――それを見て噛み砕かんばかりに奥歯を噛み締めるベイクの表情は無数の皺が寄り、怒り筋もまたありありと浮かび上がったその様相はさながら鬼のようであった。


 そして残る一人、リオンと少女が呼んだ少年へと彼はその青い瞳を向ける。そして言った。


「お前も、すぐ楽にしてやるからな」


 仲間であろうガンダーの惨状にもしかし何の感情も見せず剣を構え、ぎょろぎょろと忙しなく動き回るリオンの目を見るベイクの表情は怒りから哀れみへと変わる。


 血塗れた大剣を手中で軽々と回し、滴る血液を振り払ったベイクがリオンへと向けて駆け出す――が。


「止まりなさいっ!!」


 駆け出したガンダーの前に飛び出してきたのは少女(ソフィ)だった。


 少女は酷く興奮した様子で、彼女はまるで獣のような目付きをして足を止めたベイクを睨み付けると突き付けたのはセキレイの得物であるはずの片刃の剣だった。


「シショー、すまない。でも……っ」


 ベイクの背後に慌てたセキレイの言葉が掛かる。

 駆け寄ろうとしてくる彼女へとベイクが横顔を向けると、彼女は途端に足を止め、うつむきがちになりながらちらと血の海に散らばった骸を見て何か言おうとする。


 だがベイクはセキレイが全てを言うまでもなく「……いいさ」と、あまつさえ恐らくは武器を盗られても敢えて取り返さなかったであろう彼女を責めも叱咤もしない。


「よくも、よくもガンダーを……っ」


「言ったろうが、塵は塵に。オレはすべきことをしただけだ」


「この……!!」


 そして再びベイクが視線を戻すと、少女は今にも彼に斬りかからんとしながら、癇癪を起こしたようにキンキンと耳に痛い声でベイクを責める。


 だからと言って退きもしなければ少女に謝罪するわけでもないベイクが言い放った一言に彼女は言葉を詰まらせると、どっとその両目に涙を溢れさせ、そしてセキレイの剣を遂に振り上げた。


「っ――シショ……」


 直後に響いた鈍い音に、息を飲む短い悲鳴を挙げたセキレイの双眸に浮かぶ金色が揺れる。


 彼女の目には少女が振り下ろした剣を防ぐのでも避けるのでもなく、甘んじて肩で受け止めたベイクの後ろ姿があった。


 刃を受け止めた彼の左肩からは赤い血が溢れ、それは徐々に白いシャツを纏う彼のその半身を赤く染めて行く。


 魔力が通わなければなまくら以下であるベイクの大剣とは違い、セキレイの剣の刃は鋭い。肩から二つにならなかったのは偏に彼の肉体の異様な頑強さからであろうか。それとも少女が動揺しているが故か。それでも傷はきっと浅くない。


 赤に染まって行く己の師の姿にセキレイは強い自責の念に陥ろうとしていた。自分が見過ごしたが故に彼を傷付けてしまったと。


 愕然とその光景を見ていたセキレイであったが、震える彼女の脚は遂に己を支えることもままならなくなり、膝から崩れ落ちようとする。


「屈するんじゃねえ!」


 しかし寸前でベイクが挙げた一声により、セキレイの体は強張って膝もなんとか持ち堪えることになる。「でも……」と今にも泣き出しそうな歪んだ声で言葉を紡ごうとするセキレイにベイクは横顔を向けると、しかし笑って見せた。


「セキレイ、お前は何も間違っちゃいねえ。だから、屈するな」


 立ち向かえ――それだけ言って、ベイクは己を涙ながらに睨み付け続ける少女を見下ろす。そして彼女にもまた、セキレイに言ったのと同じ言葉を投げ掛けるのだった。


 だが少女には届いていないようで、彼女は必死に剣へと更なる力を込めて行く。ぐちゅりと刃のめり込む音が響くが、感情の揺らぎからか力の制御が利かないらしい少女はそれ以上ベイクに刃を立てることは出来なかった。


「オレが憎いんだろ。殺したいんだろ。だが、此処までだ。今のお前じゃ、いくら憎かろうが恨もうがオレは殺せねえ」


 言って、ベイクは左手を翳すとそれで少女の法衣の襟首を掴まえた直後、彼女の体を放り投げた。


 少女の小さな体はまんまと宙を舞い、彼女はしかし着地をする気力も果てたのか投げ出されたままに肢体を踊らせるばかり。


 それを見ていたセキレイは、ベイクを脅すばかりならず斬り付け傷付けもしたその少女へと青い稲光と共に飛び出し、そして宙を泳ぐ少女を腕の中に抱え留めたまま着地を成功させた。


 何故と意に反するような自らの行動に困惑するセキレイであったが、「それで良い」ベイクの一声を受け、堪えきれなかった涙を少し流しながら頷くのであった。


 セキレイの行動を見守ったベイクは「さて、と」と溢し、左肩に食い込んだままの剣を引き抜く。少女が想いを乗せた一太刀、それを自らの罪として彼はすぐに治癒することはなく、傷付いて血を流す体のままリオンへと再び向かって行く。


「……待たせたな」


 セキレイの剣を床へと突き立て、大剣を構えたベイクと対峙し、果たして彼から何を感じたのかリオンの体に異変が生じた。彼は己の顔を押さえると、その身を悶えさせ始めた。

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