第8話
――歌が聞こえる。
それは何かを讃え畏れる、まるで賛美歌のようだ。
――そんな歌がずっと頭の中で聞こえてる。
それが邪魔をして、ずっと彼女の声が聞こえないでいた。
――ソフィ。
今なら聞こえる、お前の声が。
――頼む!
どうか俺たちを解放してくれ!
――この忌々しい歌から。
この恐ろしく苦しい場所から。
――このムカつく歌から。
この冷たくて辛い場所から。
「――良い言葉を教えてやる。塵は塵に、だそうだ」
襲い来る二人の顔面を的確に捉えた、ベイクが放つ神速の左拳。力みは最小限に、膂力ではなく速度で打つ軽拳。
しかし人並み外れた怪力を、あまつさえ魔法により強化したベイクの拳はそれでも常人が全力で放つ拳よりよっぽど強い。二人は彼の拳により顔面を陥没させた上で、元いた場所まで跳ね返されてしまう。
「や、止めて……二人は……」
その後肩から大剣を降ろし、その切っ先を地面に預けるベイクへと少女が弱々しい声と共にその手を伸ばした。ベイクを、彼を止めるために。
「セキレイ!」
少女の願いを振り払うかのように、ベイクは大剣で虚空を薙いだ。あまりの勢いに断ち切られた風が唸りを挙げる。
彼の呼び掛けに、件のセキレイは驚いたようにその顔を少女から跳ね上げた。そしてベイクを見る。その目は声無き疑問を彼へと投げ掛けていた。
「……よく見とけ。やる時はやる。それがどう言うことか」
それを教えてやる――剣を右手一本で支えたベイクが言いながら二人へと歩み寄って行く。少女は殺すなと必死に彼に呼び掛け、その手を伸ばすが届くはずもない。
――ベイク自身がそれを振り切っているのだから。
今相対する二人が誰かをベイクは知らないし、あの少女と彼らがどう言った関係なのかとて知る由はない。知りたいともベイクは思わない。
なんならば、彼がこうする必要とて無い。放っておいて先に進むことだって間違いではない。より多くを救うためには、少なくとも犠牲を払わなければならないこともあるのだから。
ただし、理由ならばあった。
それは彼が、勇者ベイクだから。
――やらなきゃならない。
例えそれが誰も望まないことであったとしても。
例え誰かの恨みを買うことになったとしても。
――それが出来るのは自分だけだから。
例え世界により定められた運命の中にあったとしても。
例え勇者となることが定まっていたのだとしても。
――そうなろうと決めたのは、決断したのは自分自身の意志であると信じていたいから。自分自身の意志であると信じたいから。
「汚名くらい、いくらでも被るさ」
――それが勇者と言うもののハズだ!
それがオレの目指したもののハズだ!
フォルトゥナも世界も何も関係無い!
――オレはオレだ! 運命の傀儡なんかじゃない!!
薙ぎ払った大剣。
その一閃が赤に染まる。




