第7話
四
血と肉に覆われ、荘厳だった聖堂の内装はもはや見る影もなく、所々に突き出した鉄と石で出来た物体はそれが抱える歪みにより精神を冒す。
そんな汚された聖域に満ちた混沌の中で、絶え間無い剣戟の音色が虚空すらも切り裂かんと鳴り響く。
一つは何処までも重く、一つは思い切りの良い音色。
そしてもう一つ、三つある音色の中では最も軽く、そして素早く繰り返す音色だ。
「止めろ、リオン! ガンダー!!」
少女の悲鳴ともとれる必死の呼び掛け。
そこに居たのは異端審問官としての正装たる、鎧を組み込んだ法衣を纏う者たち三人。
しかし三人の内の二人が、残る一人に向け攻撃を仕掛けていた。大柄で赤毛の男は両手にした斬首を執り行うための斧を振りかざし、もう一人の黒髪をした少年は七十センチほどの諸刃剣を突き放った。
それらが狙うのは、二人よりも鎧の箇所が少ない法衣を纏った褐色肌をした金髪の少女。
少女は両手に持った五十センチほどの短剣を組み合わせそこに十字を形作ると少年の放った突きを受け流す。そして隙が生じた少年の顔面へと蹴りを見舞い、その反動で後方に跳ぶと直後に振り下ろされた巨漢からの斧の一振りを回避した。
「いったいどうしたんだ!? 止めてくれ二人とも!」
少女は側頭部でそれぞれ結んだ長さの違う金髪の尾を振り乱しながら必死になって二人に向け剣を収めるよう懇願する。
そんな少女を二人は見詰める。まるで焦点の合わない両目をぎょろつかせながら、半開きになった口より唾液を溢したままそれぞれ剣と斧を構え少女へと駆け出す。
仲が良いのか、少なくとも少女は二人に対して反撃することが出来ずにいた。
精々が得物を払い落とそうと試みる程度。彼女の手中にある二振りの鋭い切っ先は決して彼らに向くことはなかった。
――どうしてこんなことになったのか。
少女は二人からの猛攻を前に傷だらけになりながら秀でた、軽業とも比喩されるほどの身のこなしで刃の乱舞を避け続けながら思い返していた。
異変が聖堂塔を襲い、休んでいた者たちが皆正気を失って行く中、一人遅くまで鍛練していた少女はしかしどうしてか正気を失わずにいた。
現れた奇っ怪で不気味な蟲を蹴散らし、共に切磋琢磨しながら仕事をこなす仲間の元に彼女が駆け付けた時には既に二人はああであり、他の異端審問官すら手に掛けていた。
「しまっ――!!」
そんな戦いの最中に考えるべきことではないことを考えてしまったせいであろうか、少女の両手から二つの短剣は払い落とされ、あまつさえ飛び退った先では踏み締めた肉の蔓に靴底が滑り彼女は転倒してしまう。
すぐに起きなくてはと彼女は思うがその時、地面を這っていた肉蔓が蠢きだして四肢へと巻き付き、そのまま彼女の体は大きく四肢をなげうった姿勢で宙吊りにされてしまった。
無防備を曝け出した少女はなんとか肉蔓を千切ろうと四肢を暴れさせるが、柔軟に伸び縮みするそれが切れる気配は無い。
魔法も、消耗したうえに動揺している今の少女には扱えるものではなく、彼女は己をただ立ち尽くし見ているだけの二人へと助けを求めた。
だが二人は見ているだけ。
少女がどれだけ声を張ろうとも、悲痛に呼び掛けてみても、彼らはそれになんの反応も示すことはなかった。
そんな彼らに代わり、聖堂の壁に這った肉蔓に出来た膨らみが動きを見せすぐに破裂する。
噴き出た大量の鮮血に混じり軟体性の件の蟲が床へと血飛沫を上げながら落ちると、それはすぐさま少女の方へと這いずり向かい始め、彼女のすぐ目の前まで到ったそれは頭部に生じた半端な人面で下手くそな呼吸を繰り返す。
そして眼球の付いた触腕が宙吊りの少女へと伸び、彼女の碧い瞳をまじまじと見詰めた。少女は恐怖に涙する両目を閉ざし、顔を逸らす。
そんな少女を前に蟲は起き上がると、その体の裏側に備わった円形をした吸盤上の口腔を開き、その内側にびっしりと生え揃った鋭利な牙を見せ付けつつ少女に密着すべくその体を更に寄せて行く。
触腕は少女の体に巻き付き蟲の前進を助け、這い寄る恐怖に彼女は身を強張らせることしか出来ず、制御できない呼吸の内に乞うた。
「助けて――っ」
刹那、少女の体が浮遊感に見舞われる。
彼女が固く閉ざしていた両目を開けると、そこでは鮮血を噴き上げ脳天から二つに割れた蟲と、そして青い閃光が映る。
誰かに抱き留められた感覚に彼女が顔を上げると、そこには自らと同年代くらいの凜々しい顔つきをした白金の髪をした少女が居て、彼女は一瞬それに女神の姿を重ねて見ていた。
まさか女神自身が願いを聞き入れやって来たのかと。
しかし現実はそうではなかった。
「――無事みたいだ、シショー!」
白金の髪の少女はしかして女神ではなく、セキレイは腕の中の少女が無事であることを確認するとそれをベイクへと知らせる。
セキレイの視線を追って、自然と少女の目が同じ方へと向く。
「上出来だ、セキレイ。じゃあ次はそこでソレのお守りしてろ」
蟲の亡骸を足蹴にし、堂々とした背中を見せ付けるその男はベイク。彼は横顔をセキレイと少女の二人へと向けると口元に笑みを覗かせながら言って、少女がリオン、そしてガンダーと呼んだ二人を改めて睨んだ。そして言う。
「いい加減、楽にしてやる」
二人を見る彼の顔は真剣そのもので、しかもそこには何か怒りにも似た色が混ざっていた。呼応するように、彼の吐息に火の粉が混じる。
そんな彼へと、立ち尽くしていたはずの二人が同時に襲い掛かった。




